天井桟敷の人々|映画スクラップブック


2020/05/15

天井桟敷の人々

天井桟敷の人々|soe006 映画スクラップブック
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LES ENFANTS DU PARADIS
1945年(日本公開:1952年02月)
マルセル・カルネ アルレッティ ジャン=ルイ・バロー マリア・カザレス マルセル・エラン ピエール・ブラッスール ルイ・サルー ジャヌ・マルカン シモーヌ・シニョレ

恋なんて簡単よ。

1840年代のパリ、芝居小屋が軒を並べるタンプル大通りを舞台に、一人の美しい女に恋心を抱き、翻弄される男たちを描いたメロドラマ。単純にストーリーだけ抜き出せば俗の極み。
これを当時の一流スタッフが、丹精込めて第一級の人生喜劇に仕立て上げた。
「第一部:犯罪大通り」「第二部:白い男」の2部構成で上映時間は3時間を超える。

メインの登場人物だけで6人。
ガランス(アルレッティ)裸を見世物にする最下層の女芸人
バチスト(ジャン=ルイ・バロー)パントマイム芸人
ルメートル(ピエール・ブラッスール)シェイクスピアかぶれの芸人
ラスネール(マルセル・エラン)殺人も厭わない無頼派作家
モントレー伯爵(ルイ・サルー)社会的地位の高いお金持ち
ナタリー(マリア・カザレス)ガランスの許婚者・座長の娘

バチスト、ルメートル、ラスネールには、それぞれモデルとなった実在の人物が存在する。

この他に、如何わしい古着商(ピエール・ルノワール)、盲目の乞食(ガストン・モド)、バチストの父親(エチエンヌ=マルセル・ドゥクルー)、劇団の座長(マルセル・ペレ)、下宿屋の女主人(ジャンヌ・マルカン)、ラスネールの子分(ファビアン・ロリス)などなど。
脇役は若干コメディリリーフに振られているが、全員がキャラ立ちまくりで凄い。

脚本はジャック・プレヴェール。「恋する者にはパリの街は狭い」「哲学者は死を想い、美しい女は恋を思う」「美しくなったんじゃないの、幸せなだけ」珠玉のセリフが全編に散りばめられている。芸人たちの会話なので、多少格好つけた言い回しであっても浮かない。登場人物は伯爵を除いてみなさん貧乏なのだが、これらのセリフがあるから下品に堕ちない。

映画は開巻から、芝居小屋や見世物小屋が軒を並べるタンプル大通りの全貌を移動カメラで捉える。日本でいえば江戸末期天保時代の両国といったところか。エキストラの数が半端でない。その群衆のあちこちで大道芸が披露されている。数百メートルもありそうな巨大なオープンセットの豪華なこと。すごいんだ、これが、度肝を抜かれる。

そしてコンパクトに、手際よく、的確に(第1部の終盤に登場する伯爵を除いた)主要人物が紹介される。
最初に紹介されるのは女神ガランス。「寄ってらっしゃい見てらっしゃい、お代は見てのお帰りだよー」呼び込みに釣られて、幕で仕切られただけの粗末な小屋に入ると、大きな桶があって、その中から全裸のガランスが首を出している。見物客は桶の中を覗き込むが、水が貼ってあるので肩から下はよく見えない。どうです、ゲスでしょう? だけど注意して見てほしいのは、彼女にはこの仕事を恥じている気配がまったくないこと。
続いて登場はシェイクスピアかぶれの芸人ルメートル。地方からパリに出てきた彼は、芝居小屋に売り込み。とにかくよく喋る。自信満々を多少逸脱して過剰気味。通りを歩いていくガランスに目移りし、跡を付け回し洒落た文句で熱心に口説くがふられて別れる。
次に登場するのは、暴力沙汰で女房に出ていかれた男の詫び状を代書しているラスネール。なかなかの名文を綴っているが代書屋は表の稼業。裏では手下を使って盗品を売買している悪党。ガランスがやってきて二人は街に出掛ける。
ラスネールとガランスが足を止めたのは芝居小屋の前。呼び込みのパントマイム芸をしている白塗りの青年がバチスト。見物客の懐から懐中時計を盗んで立ち去るラスネール。盗みの嫌疑をかけられたガランスを、ユーモラスなパントマイム芸でバチストが救う。ガランスはお礼に赤い花を投げる。
バチストが芝居小屋の楽屋に戻ると、座長の娘で婚約者のナタリーがいる。
これら一連の状況設定の出来事とセリフが、ストーリー全体の伏線になっている。

むかし友人が、アルレッティのおばさん顔が、男たちを恋の虜にして人生を翻弄させる美女に見えないと言ってたので、彼女はダヴィンチの「モナリザの微笑」だよ、似てるだろ? と話したら俄然納得したようだった。
第二部で伯爵の囲われ者になってからは、凛とした気品と風格を漂わせ、彼女は女神になる。

かっこいいのは、無頼の男ラスネールだ。伯爵を殺したあとの行動にしびれる。彼を蔑む伯爵に「劇は今まさに進行中なのだ」と啖呵を切ってカーテンをひく場面もかっこよかった。

悪党であっても友人は警察に売らない、第一部幕引きのガランスもかっこよかったなあ。うん、みんなかっこいい。

大勢の白い服に呑み込まれて身動きできなくなるバチストのラストシーンが、めちゃくちゃシュール! 自分自身に埋没しちゃったんだな。

しかしこの映画を語るうえで最も重要なのは、登場人物で唯一欠点を持たないのはガランスだけということ。彼女は最後までブレない。裸で桶に入っているときも、ルメートルに執拗に口説かれているときも、伯爵の囲い者になっているときも、5年ぶりに再会したバチストと一夜を共にしたときも、そのあとナタリーが下宿屋にやってきたときも、彼女はブレない。哀しみや苦しみや、悩みを表情に見せない。他の登場人物がみんな、感情のおもむくまま行動しているから、それが際立って分かる。ガランスはしなやかに、したたかに強い。
ガランスが象徴しているのはフランスそのもの。自由、平等、友愛。

ガランスは、天井桟敷の人々を「みんなを愛している」。

第2次世界大戦中、ナチス占領下のパリを逃れ、非占領地区の南フランス・ニースに集まった映画人・演劇人が、6000万フラン(16億円)をかけて製作した贅沢きわまる超大作。世界各国の映画ジャーナリズムによるオールタイムベストで常に上位ランクされる、正真正銘、問答無用、至高の名作。

こんなにも豊かな映画が、今後作られることはあるのだろうか。

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