仮想現実リスクへの警鐘メッセージなどという陳腐かつ高尚なテーマ性なんぞこれっぽちも持ち合わせていないペラペラしたストーリーに、これでもか!ってくらいサブカル・ガジェットをブチ込んだ、闇鍋風生煮え料理。
製作はコンピュータ・グラフィックス全盛の2018年。描かれている未来社会は2045年。しかし、そこに散りばめられているのは1970-80年代のサブカル・ガジェット。
世代を超えた、というより、世代を(製作者世代に)絞ったがために、なんとも歪んだ見世物映画(21世紀CGによる70-80年代映画のパロディ)になっている。
そこのところ鋭く分析すると、異様な文化史が垣間見えて興味深くもあるが、そこまで真面目に観る映画でもなかろう。
登場人物は善玉悪玉双方薄っぺらく魅力に乏しく、宝探しの3つの謎解きはご都合主義なわりに、状況設定はごちゃごちゃしていて何だかよく分からん。それにしても、ここまでナレーションに頼ったスピルバーグ映画って、これまで無かったのではなかろうか。
貧しい人々がヴァーチャル・ゴーグルを付けて、手足を虚空に振り回している間抜けな場面は面白かった。こっちの世界をネオ・レアリズモ風に描いた映画があってもいいんじゃない?
「バック・トゥ・ザ・フューチャー」「AKIRA」「フレンチ・コネクション」「ジュラシック・パーク」「キング・コング」と立て続けに展開されるカー・チェイス、「シャイニング」のCG再現、お腹から飛び出すチェストバスター(エイリアン)、見境なしに襲いかかるチャッキー人形、「ロード・オブ・ザ・リング」様式の大合戦、メカゴジラと機動戦士ガンダムとアイアン・ジャイアントが三つ巴で戦い、ダンスとなれば(嗚呼、これが古典になってしまったのか!)「サタデー・ナイト・フィーバー」のトラボルタ。
目まぐるしくオチャラケ三昧の2時間20分。
くだらない、と一言で片付けてもいいし、おもしれぇーと狂喜して、周囲に薀蓄吹きまくってもいい。
版権使用許諾の手続きだけでも、相当なものだったと思うし、こういう企画が製作されたことを、まずは奇跡として評価しよう。
お祭り企画の映画に文明批判だの社会性は最初から期待していなかったものの、古い映画ファンは、やっぱり大作映画には大作なりの風格が備わっていて欲しいと願うのであります。
点