ギリシャ神話の舞台を(当時の)現代パリに置き換え自由に脚色した、ジャン・コクトーによる特撮ファンタジー。
サンジェルマンのカフェに若者たちが集うファーストシーンは、当時の風俗がドキュメントされていて興味深い。この店の前の路上で轢き逃げ事件があって物語は始まるのだけれど……美しき死神(マリア・カザレス)が、大衆に人気のある詩人オルフェ(ジャン・マレー)に恋心を抱いてるのは分かるのだが、彼女の真意が読み取れないままストーリーは現実と死後の世界を往来し、着地点がなかなか見えない。
彼女に仕える運転手(フランソワ・ペリエ)や、死んだ若き詩人(エドゥアール・デルミ)、オートバイの男たち(ケロベロス?)がどのような役割で何のために動いているのか説明がないから、混乱だけが残る。
BGMにグルックの「精霊の踊り」が幾度か流れていて、そればかりに気をとられて困った。クラシック名曲集のCDによく収録されている曲(とくにクライスラー編曲版がヴァイオリン名曲集によく入っている)なので、とても耳に馴染んでいるメロディなんだけど、オペラ「オルフェオとエウリディーチェ」のなかの楽曲だったんだ。なるほど。
映画全体の音楽を担当しているのはコクトー映画の名コンビ、ジョルジュ・オーリック。
冥界との通信機になっているラジオから聞こえてくる詩の朗読を、主人公が夢中になって盗作する場面は笑いを狙っていたのか? 妻の姿を見てはいけない試練の場面もちょっと喜劇風。
取材に訪れる執拗な新聞記者の場面は必要か? 奥さんのユリティス(マリー・デア)が身重なのもドラマに効いてない。オルフェとユリティスではなく、オルフェと死神の恋愛劇だったのか? と、骨太な一貫したラインが見えないのだが、実は、この映画には第二次大戦中のフランス共産党の地下組織(レジスタンス活動)が裏書きされているのだという。そういえば、地獄の査問委員会(こいつら何者?)は冷徹で刺々しく、旧ソ連の雰囲気が臭っていた。
最大の見ものは、黒い死神を演じたマリア・カザレスの凛とした美貌!
コクトーは女優を綺麗に見せるのが本当にうまい。対して、ユリティス役のマリー・デアは、役柄のせいでもあるだろうけど、意図して地味に撮っているように思えた。
スクリーンプロセスとフィルムの逆回しを組み合わせた冥土の道行き場面が面白い。
トリック撮影に安っぽい感じはなく、真摯な志で撮られている。立派な映画芸術。
点