長いあいだ未公開だったヒッチコック作品。水野晴郎のIP配給で、1976年9月にようやく日本でも公開された。
アメリカに移っての第2作目(1作目はセルズニックの「レベッカ」)で、第二次大戦前夜に製作されたせいか、プロパガンダ臭いラストシーン(ナチスドイツにご用心)が付いている。音楽はアルフレッド・ニューマン。
タイトルバックに地球儀がぐるぐる回っている。タイトル終わってカメラが引くと、それが新聞社の屋上に設置されたディスプレイだと分かる。カメラはそのまま移動し、ビルの窓に寄って、編集部の室内に入る。ヒッチが得意とする(外観から室内へ移動の)オープニング。
30年代から40年代にかけてのアメリカ映画は、新聞記者を扱った作品が多い。
緊迫するヨーロッパ情勢のホットな記事が欲しい編集長(ハリー・ダヴェンポート)は、警官を殴って問題を起こした情熱の記者(ジョエル・マクリー)を海外特派員としてロンドンに派遣する。
この役にヒッチはゲイリー・クーパーを希望していたらしいが、当時スリラー映画はB級の通俗娯楽と見下されていて、A級トップスターのクーパーは当然のようにこのオファーを断った。公開後に「断るんじゃなかった」と反省し、そんなこともあって、クーパーはその後、フリッツ・ラングの「外套と短剣」(1946年)に出演。
主人公の記者は、ロンドンに着く早々、先任の記者(ロバート・ベンチェリー)、オランダ政界の要人(アルバート・パッサーマン)、平和活動の政治家(ハーバート・マーシャル)、その娘(ラレイン・デイ)らと接触。このあたりまでは、スローテンポでこれといった事件も起こらず平凡な流れだが、舞台がアムステルダムに移ってからは、ヒッチ・タッチの連続で目が離せなくなる。適度なユーモアを織り込みながら、これでもかってくらいに見せ場を並べ立て、そのどれもがヒッチならではの面白さ。
雨のアムステルダム、俯瞰の雨傘が強烈に印象に残る暗殺シーン、路面電車とカーチェイス、おかしな回転をする風車小屋、要人誘拐発見の鬼ごっこ、警察に化けた殺し屋、ロンドン寺院の展望台(高いところに登る悪役は必ず墜落する)、恋人とロマンチックな偽装誘拐、ドイツ表現主義っぽい要人拷問の絵作り、スクリーンプロセスの妙技、飛行機墜落と海上漂流。それぞれの見せ場に詳細な解説をつけたくなるほど、凝りに凝ったヒッチコック。
イギリス時代に培ったテクニックを網羅した集大成的傑作。個人的に「見知らぬ乗客」(1951年)までのヒッチコック映画のなかでは、本作がベスト・オブ・ベスト。
ヒッチコックは映画の神様だ。
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