フランシス・アイルズのミステリー小説「犯行以前」の映画化。
ロンドン社交界の人気者(実は詐欺師)と恋に落ちた富豪令嬢は、相手の素性もよく調べないまま両親の反対を押し切り駆け落ち結婚する。新婚旅行から帰ってくるとすぐに、男が無職で信用ならないことが分かってくる。親戚の紹介で就職した会社の金を使い込んで競馬場通いしたり、結婚祝として実家から贈られた由緒あるアンティーク椅子も勝手に売り払ってしまう。不動産取引のパートナーがパリで事故死したと知って、自分も財産目当ての結婚で、近いうちに殺されるのではないかと疑いだす。
不安に怯える新妻を「レベッカ」「ジェーン・エア」のジョーン・フォンテイン。
屈託ない笑顔だけが取り柄のお調子者の夫を「赤ちゃん教育」「ヒズ・ガール・フライデー」などに出演していたケイリー・グラント。これがヒッチコック映画初出演。
ジョーン・フォンテインの母親を演じているのは「バルカン超特急」のミス・フロイ(デイム・メイ・ホィッティ)。彼女のヒッチ映画への出演はこの2本だけらしい。
ドキドキの疑心暗鬼とユーモアの波状攻撃。光る牛乳、断崖絶壁の暴走。ヒッチコックの卓越した「映画術」に好き勝手に操られ、手玉に取られる。
むかしむかしに見たときは、陽気で挙動不審なケイリー・グラントの芝居がどうにも作為的で、その不自然さにピンとこなかったが、スクリューボール・コメディ全盛期の時代だからこそのケイリー・グラントと知って見れば、納得できるキャスティング。
本作と前後して製作された「赤ちゃん教育」「ヒズ・ガール・フライデー」「毒薬と老嬢」といったケイリー・グラント主演映画の流れの中に「断崖」を置いたとき、本作はスクリューボール・コメディとサスペンスを、ヒッチコックが意図的に融合させた異色作として認識される。
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