アベベ・ビキラに憧れてランニングに熱中している大学院生を、撮影当時39歳のダスティン・ホフマンが演じているサスペンス・スリラー。
若作りな役作りで頑張っているが、風呂に入る場面が残念。脇腹の贅肉が練習熱心なランナー体型じゃない。兄さん役のロイ・シャイダーのほうが締まった良い身体でまだランナーっぽく見える。ホフマンの腕振りも長距離を走るフォームではない。長距離ランナーの走りは「強く風が吹いている」の小出恵介や林遣都のほうが上手い。
ニューヨーク、パリ、ウルグアイと目まぐるしく舞台が移り、次々と事件が起こり死体も出るが、その理由は知らされないまま、ストーリーが語られていく。説明を省いたぶんだけミステリアスな展開だが、後半になると穴ぼこだらけ、行きあたりばったり、いい加減に書かれたストーリーなのだと気付かされる。事件の背景や人物の動機に一貫性がないのだ。
ローレンス・オリヴィエの白い天使は、ナチス再興の軍用金を私欲で横領しようとしていたのか? 貸し金庫の鍵を持っていて無事アメリカに入国できたのなら、ホフマンのことなんか放っておいて、さっさとダイヤ持って逃げろよジジイ。誘拐したり、拷問したり、女あてがって情報漏れを探ったり、(映画を面白くしようと)無駄なことばかりやってるから墓穴掘っちまったんだよ、バーカ。
主人公は「アベベ・ビキラに憧れてランニングしている」と「マッカーシズムの弾圧で自殺した父親の無念を晴らそうとしている」という2つの人格設定を持たされているのだが、どちらもストーリーに絡まない無駄設定。「マラソンマン」のタイトルは作品のテーマと関係がなく意味がない。悪役(ウィリアム・ディヴェイン)に追われてかけっこで逃げ切っただけで、別にマラソンやってなくても逃げ足が速い男ってだけの設定でよろしい。セントラルパークをランニングしてる場面は不要。
ベビーカーの人形に仕掛けられた時限爆弾が爆発する場面、ロイ・シャイダーがホテルで刺客に襲われる場面、ホフマンがローレンス・オリヴィエに拷問される場面など、映像的には強烈で、スリラーというより今の感覚ではホラーと呼びたい怖い場面が多い。
主人公のアパートの向かい側に住んでいる悪ガキ・ギャングの扱い方や、ユダヤ人とドイツ人のジジイが罵り合いながら煽りのカーチェイスも面白い。
ラストの排水処理場はロケでなくセットで作ってある。キャストも豪華だし、金がかかっているぶん映像は凄みがあって良い。各々の場面、エピソードは凝っていて面白いだけに、整合性が欠落したストーリー、杜撰さが惜しい映画。
公開時はかなりヒットし、ロバート・エヴァンスは更に大掛かりなサスペンス・スリラー「ブラック・サンデー」を製作。マルト・ケラーもキャストされているし、2本並べると海外ロケの場面とか群衆シーンなど雰囲気が似ているのに気づく。
ローレンス・オリヴィエは本作の3年後に製作された「ブラジルから来た少年」ではナチス残党ハンターという真逆なキャラを演じ、南米に潜伏していた死の天使メンゲレ博士(グレゴリー・ペック)と掴み合いの喧嘩をしていた。
DVD特典に収められたリハーサル映像では、アクターズ・スタジオ仕込みのメソッド演技がどういうものか垣間見れて興味深い。アドリブに戸惑いながらも、ホフマンに合わせて努力しているマルト・ケラーが健気でカワイイ。
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