ラロ:スペイン交響曲 ニ短調
September 5, 2007
ラロの「スペイン交響曲」をご存知ですか? この作品は、最近の近代的なヴァイオリニスト、サラサーテによって演奏されたものです。独奏ヴァイオリンとオーケストラのための曲で、五つの楽章からなり、スペインの民謡にもとづいて書かれています。この作品は私に大きな喜びを与えました。この楽曲は、たいへん新鮮で、優美で、きびきびとしたリズムと美しいハーモニーをもった旋律を含んでいます。
(フォン・メック夫人に宛てたチャイコフスキーの手紙より)
チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲ニ長調が、ラロの「スペイン交響曲」に触発され、影響を受けて作曲されたことは有名な話みたいですね。
色彩感豊かな管弦楽に、独奏ヴァイオリンの近代的テクニックを張り巡らせ、ラロはスペイン風、チャイコフスキーはロシア風の民族色で味付け。共通点も多く、義兄弟みたいな関係です。
しかし、この人気の差はなんでだろう?
チャイコばかり聴いてないで、たまにはラロも聴いてみましょう。
エドゥアール・ラロは、1823年1月27日、フランス北部の都市リールに生まれています。祖父はバスク系のスペイン人だったとのこと。
父親は軍人で、ラロが音楽の道にすすむことには反対だったらしいですが、16歳で家を出て、パリ音楽院(コンセルヴァトワール)に入学。ヴァイオリンと作曲を学んでいます。
1845年ごろから作曲を始め、歌曲や室内楽曲を発表しますが、パッとせず、1855年に仲間と弦楽四重奏団を結成。ヴィオラ奏者としての生活を続けます。
1865年(42歳のとき)に、教え子のアルト歌手、ベルニエ・ド・マリニーと結婚。彼女の魔法によって作曲の熱意を再燃させたラロは、1872年に書いたヴァイオリン協奏曲第1番を、超絶技巧派パブロ・デ・サラサーテの独奏で1874年1月に初演。これが大好評で、以後、「スペイン交響曲」や「ノルウェー幻想曲」(どちらも初演の独奏はサラサーテ)などのヴァイオリン協奏曲や、チェロ協奏曲を世におくり出し、1892年4月22日に死去。享年69歳。
作曲家として世間に認められたのが50歳を過ぎてですから、かなりの大器晩成型。
だけど作曲を続けていて、本当に良かったですね。
ラロが52歳のときに発表した「スペイン交響曲」は傑作だし、この楽曲がなければ、チャイコのVN協奏曲だって作られてなかったかもです。
彼のやる気を再燃させてくれた奥さんにも感謝。フェミニズム信者に怒られそうだけど、俺は「内助の功」って大好きだなあ。
ところで、ラロは生涯に4つのヴァイオリン協奏曲を作曲していますが、第○番と番号がふられているのは最初の第1番だけ。
第2番は「スペイン交響曲」、第3番は「ロシア協奏曲」、第4番は「ノルウェー幻想曲」と題されています。
今回クローズアップする「スペイン交響曲」は、実質、ヴァイオリン協奏曲第2番なのであります。
「スペイン交響曲」ニ短調 作品22は、前述したように、ラロの2番目のヴァイオリン協奏曲で、1873年にはすでに作曲されていたそうですが、1874年1月に第1番を発表し、その好評により、1875年2月7日に、パリのコンセール・ポピュレールにて初演。ヴァイオリン独奏は、第1番と同じサラサーテ。
タイトルは「Symphony espagnole」と付けられているけど、5楽章からなるヴァイオリン協奏曲で、「交響曲」に特別の意味はないらしいです。
当時は、音楽先進国(イタリア、ドイツ、オーストリア、フランス、イギリス)以外の国からどんどん作曲家が現れ、国民楽派とか呼ばれて注目され始めたころ。
お祖父さんの代まではスペイン人だったラロですから、そっちの血が騒いだのでしょうか、後のファリァ(「三角帽子」とか「恋は魔術師」とか)やロドリーゴ(「アランフェス協奏曲」)のような、正真正銘スペイン人作曲家と比べても遜色ない、スパニッシュ・ミュージックに仕上がっております。
異国趣味の音楽としては、シャブリエの「狂詩曲スペイン」とかR=コルサコフの「スペイン奇想曲」とか、スペインものをよく見かけますが、どうもラロの「スペイン交響曲」が流行の導火線だったようですね。
ビゼーの歌劇「カルメン」の初演は1875年3月でした。
楽器編成は……独奏ヴァイオリン、ピッコロ、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、小太鼓、トライアングル、ハープ、弦5部。
演奏時間は約32分。
第1楽章 アレグロ・ノン・トロッポ ニ短調 2分の2拍子。
5つの楽章のなかで最も力(リキ)の入ったソナタ形式。いきなりドラマチック。運命的な第1主題、哀愁をおびた第2主題、独奏ヴァイオリンの技巧的なスリル、厚みのある金管の迫力。
原色の色彩感に満ちた楽章。
第2楽章 スケルツァンド:アレグロ・モルト ト長調 8分の3拍子。
スペイン情緒たっぷりなダンス音楽風。中間部ではメランコリックなメロディ。
第3楽章 インテルメッツォ:アレグレット・ノン・トロッポ イ短調
4分の2拍子。
管弦楽によるフォルテシモの序奏のあとに、極めて歌謡曲的な独奏ヴァイオリンの主題。これがもうほんとに俗っぽくて、歌詞をつけて淡谷のり子あたりに唄わせてたなら、昭和歌謡史に残るヒット曲になっていたであろう名旋律。
演奏によっては、この第3楽章は省略されることが多いそうで……なんて勿体ないことするのか! と憤慨したいところですが、なんとサラサーテの初演でも省略されていたとのこと。
分からないでもないですけどね、実にムード歌謡的なメロディですから。クラシック・コンサートの会場にはあわないでしょう。
俺は大好きですけどね!
第4楽章 アンダンテ ニ短調 4分の3拍子。
情緒的な3部形式の楽章。
荘厳で重量感のある序奏を聞いていて、なんか似たようなメロディがあったなと思ったのですが、ジョン・ウィリアムスの映画『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』の十字軍騎士のテーマでした。
宿命の悲しさみたいなものが感じられる、感傷的な楽章です。
第5楽章 ロンド:アレグロ ニ長調 8分の6拍子。
木管とハープによる鐘の音に模したリズムが反復されるなか、独奏ヴァイオリンが軽快なロンド主題を提示。これが繰り返されつつテクニカルに展開され、いったんゆったりしたスペイン民謡風のメロディが奏でられたあと、ロンド主題に戻ってクライマックス。控え目な管弦楽を伴奏に、独奏ヴァイオリンが自慢の腕前を華麗に披露し、最後は全合奏のフォルテシモ和音でフィナーレ。
明るく賑やかな最終楽章であります。
今回聴いたディスクは、次の2枚。
どちらもサン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番を聴きたくて買ったのですが、ついでに聴いた「スペイン交響曲」にもぞっこん惚れてしまいました。
ラロ&サン=サーンス:ヴァイオリン協奏曲
イツァーク・パールマン(ヴァイオリン独奏)
1. ラロ:スペイン交響曲 |
ラロ&サン=サーンス:ヴァイオリン協奏曲アルテュール・グリュミオー(ヴァイオリン)
1. ラロ:スペイン交響曲ニ短調 1963年4月 ステレオ録音 Philips |
サン=サーンスの第3番では甲乙つけ難かったパールマンとグリュミオーでしたが、ラロの「スペイン交響曲」はグリュミオーの味わいヴァイオリンに1票です。コンセール・ラムルー管弦楽団の色彩的で迫力あるサウンドも、派手でよろしい。それに、この楽曲には60年代前半の、ガッツのある録音が似合っていると思います。
名盤ガイド書などでは、上記2枚に加え、チョン・キョンファ&デュトワ指揮モントリオール交響楽団(1980年/Decca)のディスクがよく推薦されています。
ラロ&サン=サーンス:ヴァイオリン協奏曲
チョン・キョンファ(ヴァイオリン)
1. ラロ:スペイン交響曲 Decca |
50歳を過ぎてようやく作曲家として認められたラロでしたが、それまでは前述したように、室内楽団のチェリストとして糊口をしのぐ生活を送っていました。その経験を活かし、1877年(54歳のとき)に書かれたのが、「スペイン交響曲」と並ぶラロのもう一つの代表作、チェロ協奏曲ニ短調です。
チェロ協奏曲 ニ短調は、1878年12月9日、ジュール・パドルー指揮コンセール・ポピュレール演奏会にて、ベルギーのチェリスト、アドルフ・フィッシャーの独奏で初演されています。
楽器編成は……独奏チェロ、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、弦5部。演奏時間は約27分。
チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲がラロの「スペイン交響曲」に触発されて作曲されたことは冒頭に書きましたが、ラロのチェロ協奏曲は、サン=サーンスのチェロ協奏曲第1番(1873年1月初演)に触発されて書かれたそうです。
サン=サーンスの作品と同様、チェロ協奏曲につきものだったカデンツァがないのが共通した特徴ですね。
「スペイン交響曲」に濃厚だったスペイン民謡風の要素をふんだんに取り入れ、色彩感の豊かな情緒的な作品となっています。
第1楽章 前奏曲:レント−アレグロ・マエストーソ ニ短調。
この楽章はきっちりとしたソナタ形式で、全合奏によるドラマチックな序奏に続いて、チェロ独奏で第1主題と第2主題が奏でられます。
主題の最後の拍に、ホルン4本を含む厚い管弦楽の鋭い和音でアクセントが付けられているため、運命的なものが感じられます。
抒情的な第2主題のメロディが気持ちいいです。
第2楽章 間奏曲:アンダンティーノ・コン・モート ト短調。
3部形式で、ゆるやかに奏でられる、瞑想的な独奏チェロの旋律が素晴らしい。中間部はト長調に転調して、軽やかな民族ダンス風。
この楽章は、ラロの「間奏曲」として、チェロ・コンサートなどで単独に演奏される機会も多いそうです。
第3楽章 アンダンテ−アレグロ・ヴィヴァーチェ ニ長調。
チェロとコントラバスによる、深く静謐な序奏から始まるロンド形式の楽章。サラサーテが作曲したヴァイオリン曲「ハバネラ」の旋律も主題に用いられ、賑やかに展開。独奏と管弦楽が楽しく会話しているような、和やかな雰囲気の楽章です。
ラロ&サン=サーンス:チェロ協奏曲
ハインリヒ・シフ(チェロ)
1. サン=サーンス:チェロ協奏曲第1番 イ短調 1976年 ステレオ録音 Deutsche Grammophon |
このCDも、サン=サーンス目当てで買ったものです。
シフのチェロは音が美しく繊細で、気配り上手な人みたい。ゆったりとした旋律の唄わせ方も巧いです。でもラロのVC協奏曲は、もう少し押しの強い、派手な色彩感を持ったチェリストで聴いてみたい。
名盤としてガイド書によく採りあげられているのは、ヨーヨー・マ&マゼール指揮フランス国立管弦楽団(1980年/Sony)と、フルニエ&マルティノン指揮コンセール・ラムルー(1960年/DG)ですね。
ラロの代表作とされる「スペイン交響曲」とチェロ協奏曲を聴いての感想は、明るく爽やか。どちらもスペイン情緒を盛り込んだ楽曲だったからかも知れませんが、沈鬱な表情のチャイコフスキーやブラームスとは対照的で、陽性の印象を持ちました。
「ロシア協奏曲」や「ノルウェー幻想曲」も、機会があれば聴いてみたいですね。
次回は、再びサン=サーンスに戻ります。
またのお越しを、心よりお待ち申しあげます。