soe006 ウディ・アレン 「ボギー!俺も男だ」

ボギー!俺も男だ

September 15, 2007

所有している約1000本の録画済VHSを、デジタル保存しようという壮大なる計画、VDCP(VHSデジタル化プロジェクト:Videotape-Digital Convert Project)の第一弾として、ウディ・アレンの映画を16本まとめて観たので、まとめて感想を書きます。
しばらくおつき合いください。

『アニー・ホール』の冒頭、グルーチョ・マルクスのネタとして語られる「私を会員にするクラブには入りたくない」という台詞は、アレン映画が好きな人に共通している性格みたいで……アレン映画のファンとは、楽しくお喋りできたためしがない。
みなさん、よじれてしまってるので、紋切り型(ステレオタイプ)の会話が成立しない。私は比較的初期(『ボギー!俺も男だ』公開時)から観ているけど、『アニー・ホール』からの人とも、『カイロの紫のバラ』(1986年日本公開)からの人とも、微妙に捉え方が異なっている。それぞれが、「私を会員にするアレンのファン・クラブには入りたくない」と思っているんじゃないかしら。
ジョージ・ルーカスやスティーヴン・スピルバーグのファンとかは、気楽にファン・クラブを作って仲良くやってらっしゃるようだけど……アレン映画のファンって、どいつも妙に通ぶっていて、鼻持ちならないというか……『アニー・ホール』でマクルーハンについて語っている大学教授とか、『マンハッタン』でダイアン・キートンが演じたメリーみたく、似非インテリっぽい雰囲気を漂わせている人たちばかり。
(当然、自分も含めて)まるで、アレン映画の登場人物と自分を同化させてるんじゃないかと思えてしまうほど。もしかしたら……ファンのみなさんは、それぞれ相手のことを『重罪と軽罪』のアラン・アルダみたいな俗物め、とか見下しているんじゃないのだろうか? いや、だからこそ登場人物たちの心情が正確に分かって面白いんだろうけど。
自虐とはまた違うんですよね。個性的によじれてる。
まったく不思議です。

人物のネガティヴな側面に光をあてて、映画の主役にふさわしいキャラクターに変化させた俳優は、たぶんマーロン・ブランドやジェームス・ディーンが先駆者的な存在だったと思いますが……ウディ・アレンのキャラクターは、それとすごく似たタイプでありながら、まったく異なる外面をもっていますね。
チビ、ハゲ、メガネという、モテない男の三要素を満たし、神経質で小心で、嫉妬深く、見栄っ張りで、虚栄心が強く、挙動不審で、自意識過剰。およそ恋愛映画の主役には向かないタイプでありながら、恋愛映画以外のなにものでもない映画の主役になってる。
これって凄いことだと思います。

ウディ・アレン Woody Allen
1935年、ニューヨーク市ブルックリン生まれ。父親は(自伝的作品『ラジオ・デイズ』で描かれたとおり)タクシーの運転手。少年時代からラジオにギャグを投稿し、ニューヨーク大学在学中から放送作家に。やがてクラブやテレビに出演するようになり、自作の漫談で人気を獲得。1965年の『何かいいことないか子猫チャン』の脚本を書き、主役で映画デビュー。しかし完成された映画に不満をいだき、以後、自分で書いた脚本は自分で監督すると決め(ドキュメンタリー『ウディ・アレン 映画と人生』でのインタビューより)、1969年に脚本・監督・主演で『泥棒野郎』を製作。
1977年の『アニー・ホール』は、アカデミー作品賞、監督賞、脚本賞を受賞するが、授賞式には現れず、マンハッタンのクラブでクラリネット演奏をしていた。脚本賞を受賞した1986年の『ハンナとその姉妹』でも欠席。「オスカー如きハゲ頭には興味がない」とのこと。このあたりニューヨーク派映画作家の気骨が感じられて、いいですね。
1年に1本のペースで、自分が作りたい映画だけを、自分がやりたい方法で、着実に作り続けている。インディペンデントの映画作家としては稀有な存在。

1971年公開の監督デビュー作『泥棒野郎』が大コケ、71年の『バナナ』も未公開。アメリカでの人気と比較して日本ではまったくの無名(『007 カジノ・ロワイヤル』でのジミー・ボンド役を覚えていた人もいた?)だったウディ・アレンが、一躍知名度をあげたのが、1973年8月公開の『ボギー!俺も男だ』。
当時の表記は、ウッディ・アレンだったけどね。

ボギー!俺も男だ
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ボギー!俺も男だ
PLAY IT AGAIN, SAM

1972年/アメリカ/89分
日本公開 1973年8月(CIC配給)

製作:アーサー・P・ジェイコブス、チャールズ・H・ジョフィ
脚本:ウディ・アレン
監督:ハーバート・ロス
撮影:オーウェン・ロイズマン
音楽:ビリー・ゴールデンバーグ

出演:ウディ・アレン、ダイアン・キートン、トニー・ロバーツ、スーザン・アンスパック、ジェニファー・ソルト

日本人観客が苦手としている、というか、外国映画に求めていない自分を卑下して道化の笑いをとるタイプのコメディでありながら、そこそこヒットしたのは、メロドラマの名作『カサブランカ』へのオマージュを下敷きにした、映画ファン向けの映画だったから。
『ボギー!俺も男だ』は、いきなり『カサブランカ』のクライマックス場面から始まりますが、メインタイトルの、スクリーンを見つめる主人公の表情に注目。あのバカヅラは、いつも映画を観ているときの、あなたの顔そのものですぜ。
映画が終わり、場内が明るくなって席をたつときのアレンの格好も、映画館通いしている人には痛いくらい分かる。
東映ヤクザ映画だと、ほぼ半数が高倉健になりきっている。あとの半数は池部良だ。ブルース・リーの映画を観たばかりの奴に喧嘩を売ると、たいてい「アチャッ!」と奇声を発して跳び蹴りしてくる。
『ロボコップ』を観た直後の俺様は、堂々と胸を張り、ギコギコ歩いていたという噂も……これも映画見物の愉しさであります。

私が、映画は映画館で観る主義なのは、あのバカヅラを家の者に見られたくないためである、かも知れない。
これを、映画ファンのフィルターかけて見ると、『カイロの紫のバラ』のミア・ファローのように美化される。
いづれにせよ、映画を観ているときの顔を他人に見られるってのは、排泄中の顔を覗かれるのと同じくらい恥ずかしいことに変わりないです。

1968年の舞台(主役はアレンとダイアン・キートン)台本を、ウディ・アレン自身が映画用に脚色。監督はバレエ振付師出身のハーバート・ロス。
自分で書いた脚本は自分で監督すると決めたはずのアレンが、他人に演出を任せ、しかもパラマウントで製作・配給。
自作の資金稼ぎに脚本を売ったのか、パラマウント製作でないと肝心の『カサブランカ』のフィルム使用が許可されなかった(またはボギーのキャラクター使用が許可されなかった)のか。『カサブランカ』はワーナー・ブラザーズ製作だけど……事情は知りませんが、当時のウディ・アレンが演出していたら、もっと泥臭くなっていただろうし、これはこれで正解かも。

『カサブランカ』のハンフリー・ボガートに心酔している映画ライターのアラン(ウディ・アレン)は、妻(スーザン・アンスパック)に「一緒にいてもつまらない」と言われ、離婚したばかり。友人のディックとリンダ夫妻(トニー・ロバーツとダイアン・キートン)に新しいガールフレンドを紹介されても、自意識過剰でドジの連続。うまくいかない。ときおり唐突にボギー(ジェリー・ルーシー)が現れ、彼に意見したり励ましたり。そのアドバイスが裏目に出て、さらにドジが加速してゆくところが、笑いとなります。
やがて親友の妻ダイアン・キートンと仲良くなってしまい、悩む……という、知人の配偶者(または恋人)に横恋慕してしまうストーリー展開は、その後も何度も出てくるアレン映画の定番プロット。

ダイアン・キートンと一夜を過ごしてから、空港で『カサブランカ』のクライマックス場面を再現するまでの盛り上げは、さすが職人技に長けたハーバート・ロスならでは。
この監督さんは『グッバイガール』や『愛と喝采の日々』で俄然注目されるようになりますが……派手なスペクタクルには見向きもせず、個性の押し売りもしなかったため地味な扱いされているけど、本当に巧いと思う。

サンフランシスコが舞台だし、監督作品でもないし、なによりパラマウント資本の映画ではありますが……以後のアレン映画と共通する部分(プロットやテーマ、存在しない人物の登場などの手法、常連共演者)も多くみられ、ウディ・アレンとの最初の出会いだったこともあり、私にとっては『ボギー!俺も男だ』がアレン映画の原点になってます。

この作品の前後に作られた『泥棒野郎』(1969年)、『ウディ・アレンのバナナ』(1971年・未公開)、『ウディ・アレンの誰でも知りたがっているくせにちょっと聞きにくいSEXのすべてについて教えましょう』(1972年)、『スリーパー』(1973年)、『ウッディ・アレンの愛と死』(1975年・未公開)などの初期の喜劇映画は、(好きな人も多いそうですが)私はダメでしたね。笑いが泥臭くて。
200年後の未来を舞台にしたSFスクラップスティック喜劇の『スリーパー』よりも、同時上映の『未来惑星ザルドス』のほうが、100倍奇妙で可笑しかった記憶があります。
あのころはベタなギャグがダメで、シュールなものに惹かれる傾向にあったようです。今回『ボギー!俺も男だ』を見直して、サリー(ジェニファー・ソルト)を紹介される場面とか、以前より増して可笑しかったので、いま一度観てみると気に入っちゃうかも知れませんけど。

しかし……『バナナ』にはシルヴェスター・スタローン、『SEXのすべて』にはバート・レイノルズと、なにげに豪華なキャスティングもアレン映画の魅力(スタローンはブレイク以前ですけどね)。
次回紹介する『アニー・ホール』にも、ブレイク前のスターがチラリと顔を出しています。

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