soe006 史上最大のハヴァーガル・ブライアン

この日記のようなものは、すべてフィクションです。
登場する人物、団体、裏の組織等はすべて架空のものです。ご了承ください。

ハヴァーガル・ブライアン

August 08, 2007

だから、数じゃないんですよ。
数の大小で物事が決まるのなら、インドは英国の植民地にはなっていませんって。

ところで……
夏はビールが旨い!

英国のビールと言えば、ギネスですね。
ギネスはアイルランドの会社で、厳密には英国じゃないのかも知れませんが。遠く地球の裏側にある亜細亜の小国民からみれば、ブリテンもアイルランドも一緒です。どうせ英国人だって、日本と韓国の区別なんかしてないんだから。十把ひとからげで、東方の黄色い猿くらいにしか考えてない。
でなきゃ亜細亜の植民地化なんて国策は出てきませんよ。
国勢は米国に劣るものの、いまだに世界のご意見番として君臨。
そんな傲慢国家だからこそ……一介のビール会社が、世界中のあらゆるものに、優劣を認定しちゃったり出来るわけです。
ビールを飲んだことない人も、「ギネスブック」はご存知でしょう。

こういう発想って、日本人じゃ出てこないです。
日本人は身の程を知ってる、謙虚さがありますからね。

それはさておき……
ブライアンさんをご存知でしょうか?

私の周囲でブライアンと訊けば、ほとんどの奴がブライアン・デ・パルマと答えます。如何に私の交友関係に変態が多いか分かりますね。
なかにはブライアン・キースなんて答えるシブい人もいるかも知れませんが。いずれにしろ、映画関係者しか出てこないところが、偏狭な人付き合いを示しているわけです。

今日はデ・パルマでもキースでもなく……
ハヴァーガル・ブライアンのお話。

ハヴァーガル・ブライアン(Havergal Brian)
1876年1月29日、英国・スタッフォードシア州生まれの作曲家。
労働者階級の出身で、中学卒業後、教会のオルガン弾きなどやりながら、独学で音楽を勉強。各地の音楽祭にも頻繁に顔を出し、エルガーなどとも交友を広め、1907年に発表した「イングランド組曲 第1番」が評価され、英国楽壇期待の新人として注目を集める。

いわゆるビギナーズラックというやつです。
こんなのはどんな世界でもよくあることで、幼稚園児のヘタウマ絵と同じ。正規の音楽教育を受けていないから自由奔放、知ってることはすべて詰め込んで(あとで補足します)世間の常識人を吃驚させちゃうんですね。
しかしほとんどの人が、その世界の歴史や法則を知っていくうちに自家中毒に陥って、どんどん詰まらなくなってしまうんです。
ブライアンさんもしかり。
鮮烈デビューのあとは、鳴かず飛ばずで人生すべり台。
ときおり雑誌に音楽評などの雑文を書いたり、写譜や編曲の仕事で糊口をしのぐのがやっと。
貧乏のどん底を這い回る日々を過ごします。

ここまでは本当によくある話で、音楽・映画・演劇などの世界では、志望者の99.98パーセントの人が経験済み。
ブライアンさんはここからが、ひと味違う。

ブラームスにコステルやヨーゼフといった優秀な指南役がいたように、歴史に名を残す音楽家には才能だけじゃなく、人との大事な出会いがあるものさ。(佐久間学「のだめカンタービレ」)

チャイコフスキーとフォン・メック未亡人や、ワーグナーとルートヴィヒ2世など、音楽家とパトロンの逸話は枚挙にいとまがなく、それだけで1冊の本になるくらいありふれていますが……
ブライアンさんも、ハーバート・ロビンソンという裕福な実業家から年金500ポンドを受けるという幸運に恵まれるんです。

よし、これで生活の心配はなくなった。音楽に専念できるぞ!
そして日々邁進し……歴史に残る傑作を次々と発表。
めでたしめでたし。
普通だったらこのようなストーリーになるのですが……

金の心配がなくなったブライアンは、生活が贅沢になり、旨いものを探して食べ歩きしたり、イタリアにバカンスに出かけたり、奥さんに内緒でメイドさん(萌え!)と不倫したり、それがばれてロンドンに雲隠れしたり、もうやりたい放題。

そんな放蕩三昧の果てに……
51歳になってようやく改心したらしく、いきなり交響曲を書き始めます。

悪い噂は誰もが知っているし、演奏されるアテなんかありません。
どうせ演奏されないんだから、これまで自分が身につけてきたことを全部この作品に投入してしまおう!……と(たぶん)考えたに違いありません。
そうして出来たのが、ギネスに「最も長い演奏時間の交響曲」として記録されている、交響曲第1番ニ短調「ゴシック」
第1部と第2部で構成されていますが、それぞれ3つの楽章から成り、全体で6楽章。演奏時間は約2時間。
更に……この長大な交響曲は、もう一つの世界記録を持っています。

「世界最大の総譜(スコア)」

演奏時間が長いから楽譜も長くなるんじゃないの?……そんな生易しいものではありません。
2組のオーケストラにブラスバンドを加え、ソプラノ、アルト、テノール、バリトンの独唱者、児童合唱を含む7つの合唱団、チェレスタ、ハープ、パイプオルガン付き。パーカッションは総勢17名!
マーラーの「千人の交響曲」を、鼻で嘲笑うが如き凄まじさであります。

そうそう実演できるものではありません。
作曲家も秘かにそれを狙っていたのかも知れません。
どうせ演奏されないんだから、なんでもかんでも全部詰め込んで、好き放題やっちまえ!

しかし世の中には変わった奴も多いです。
近年とみに金持ちになった亜細亜の小国なんぞに、「世界最大の総譜(スコア)」の交響曲を初演されては、七つの海を支配する大英帝国の沽券にかかわる。何としてでも無理してでも、初演は英国でやらねばならぬ、と思った奴がいたのか、いなかったのか。
仔細は知りませんが……

イギリス中のアマチュア演奏家をかき集めて、1961年にウェストミンスターのセントラル・ホールにて、第1番は初演されました。指揮はブライアン・フェアファックス。
これが殊のほか好評だったらしく、1966年には、今度はイギリス中のプロ演奏家をかき集めて、アルバート・ホールにて再演。指揮は英国楽壇の重鎮エイドリアン・ボールト。
そんなこんなで英国の面子(メンツ)は立ったので、その後はぜんぜん演奏されてないみたいです。
おそらく亜細亜の小国民が実演で耳にすることは、まずないでしょう。

実演がダメなら録音盤で。

やってくれたのは、かつてクラシックの価格破壊王として名を馳せたNaxos(傘下のMarco Polo)。
メジャーレーベルが絶対に手を出さないキワモノ貴重な音楽を次々と録音リリースしてくれる有難い会社でございます。

ブライアン:交響曲第1番ニ短調「ゴシック」
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ブライアン:交響曲第1番ニ短調「ゴシック」

オンドレイ・レナールト指揮
スロヴァキア・フィルハーモニー管弦楽団
スロヴァキア放送交響楽団
エヴァ・エニソヴァー(ソプラノ)
ダグマル・ペツコヴァー(アルト)
ヴラディミール・ドレザル(テノール)
ペーテル・ミクラーシュ(バリトン)
スロヴァキア・オペラ・コーラス
スロヴァキア・フォーク・アンサンブル・コーラス
ルチニツァ合唱団
ブラティスラヴァ・シティ合唱団
ブラティスラヴァ児童合唱団
ユース・エコー合唱団
スロヴァキア・フィルハーモニー合唱団
合唱指揮:パヴォル・プロハーツカ

1983年 デジタル録音 Naxos/Marco Polo 2枚組

さて、演奏の中身は聴いてのお楽しみ……にしてもらいたいところですが、誰も聴かないだろうから、簡単に感想を書いておきますね。
第1部(約40分)は、作曲者が「ファウストの世界を描いた」と言っているオーケストラだけの演奏。短い旋律が目まぐるしく、現れては消え現れては消え、観たことない映画のサントラ盤を聴いてるような感じ。
第2部(約75分)は、「シックの大聖堂とその中に響き渡る聖歌にインスパイアされた」とのことで、ここで大合唱団と独唱者が登場。中近東風のメロディはアラビアンナイトの世界。いや、「インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説」かな?
どう転んでも異端のクラシック音楽であります。

ハヴァーガル・ブライアンが第1番を書いたのが51歳のとき。それから96歳で生涯を終えるまでに32の交響曲を完成させています。
そのほとんどが演奏・録音される機会もなく埋もれてしまっているのですが、「第7番ハ長調」だけは代表作ということで、数種類の録音盤が過去にリリースされていたようです。

だから、数じゃないんですよ。
数の大小で物事が決まるのなら、インドは英国の植民地にはなっていませんって。

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