soe006 シルヴェスター・スタローン 「ロッキー」

ロッキー

September 20, 2006

俄に信じがたい事でありますが……
この世には、どこをとっても非の打ち所がない、テーマ、モチーフ、構成、脚本、キャスティング、演出、演技、美術、衣装、照明、撮影、音楽、編集、すべて完璧。作り手側の技術・才能もさることながら、それら個々のユニットが過不足無く、あたかも空気と風の如く相互関係が自然に機能し、しかも映画史的に重要な位置に君臨する、あらゆる点でパーフェクトな映画が、存在します。

その奇跡的な、稀有なる映画の1本が『ロッキー』。
何度見ても素晴らしく、繰り返し観る度に確信するのであります。
これは名作だと。

2ちゃんねる風に書けば、ネ申映画。

ロッキー
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ロッキー
Rocky

1976年/ユナイテッド・アーチスツ (119分)
製作:ロバート・チャートフ、アーウィン・ウィンクラー
脚本:シルヴェスター・スタローン
監督:ジョン・G・アヴィルドセン
撮影:ジェームズ・クレイブ
編集:スコット・コンラッド、リチャード・ハルシー
音楽:ビル・コンティ
出演:シルヴェスター・スタローン、タリア・シャイア、バート・ヤング、カール・ウェザース、バージェス・メレディス、ジョー・スピネル

この映画、老若男女、あらゆる層の観客を想定しているんですね。
少年マンガの王道、スポ根ドラマであるのはもちろんのこと、下町を舞台にした等身大のラブストーリーでもあるし、少年少女から、青年、中年、お年寄りにいたるまで、誰にでも分かるストーリー、誰でも共感できるテーマを持っている。
ここ、すっごく重要です。
最近の娯楽映画は、特定の客層に集中して動員を求めるものばかりですから。『パイレーツ・オブ・カリビアン』しかり、『X−MEN』しかり。『男を変える恋愛講座』、『プラダを着た悪魔』……タイトル見ただけで、どんな客層がチケット窓口に並ぶか想像できてしまう。
近年では『タイタニック』くらいでしょう。客種を選ばない娯楽映画でヒットしたのって。万人受けする映画って難しいんですよ。企画立てるの。
テーマ、モチーフ、ストーリー。
かなりアタマが良くてセンスが良くないと、どこにでも転がっている愚鈍な映画になってしまう。
または、TVバラエティ・ショウの如き、媚びた映画が出来ちまう。その代表例が『釣りバカ日誌』。

観るたびに溜息が出るほど惚れ惚れしちゃうのが、シルヴェスター・スタローンの脚本です。ファーストシーンから、ラストのストップモーションにいたるまで完璧。
僅か3日で書いたという初稿は、撮影準備中にずいぶん改稿してるみたいですが、結果的にパーフェクト・シナリオ。
(初稿の直しについては、DVDの特典インタビューで細かく言及されています――しかし『ロッキー』に限らず、市販されているDVDの特典映像・メイキング・インタビューにはいろいろ問題があって、映画ファンにとっては功罪相半ば。個人的にはそんな余計なもん付けない方が良いと思ってますが――機会があればそのうち理由を書きます)
脚本家志望の若い方に、シナリオの構成について話すとき、例として頻繁にあげるのが、『ロッキー』、『JAWS ジョーズ』、『ローマの休日』。
この3本は、シナリオ作法の基本を忠実に守り、実に巧みに書かれています。シナリオの勉強している人は、このどれか1本でいいから、採録して逆箱を作り、分析してみてください。かなり勉強になりますぜ。

後年、筋肉オバケの側面でしか見られなくなったスタローンですけど、本質は脚本家だと思います。『ロッキー』1作しか書いてなくても、私にとっては神(その後がなければ、もっと評価が高かった?)。
全編素晴らしい脚本の『ロッキー』ですが、なかでもダントツに輝いているアイディアが……ヘビー級チャンピオンがタイトルマッチの相手に無名の選手を選ぶ、という展開。
このとき、アメリカ映画の流れが、大きく変わりました。

当時はペシミスティックな映画が主流だったですからね。
70年代前半に製作された『ダーティハリー』や『フレンチ・コネクション』と、80年代以降に作られた、例えば『ダイ・ハード』シリーズと比較してみたら判りやすいです。同じ勧善懲悪をテーマとした熱血刑事ドラマなのに、描いているものがぜんぜん違う。
『ポセイドン・アドベンチャー』、『タワーリング・インフェルノ』など第一級の娯楽大作であっても、最後はキスしてハッピーエンド、みんな笑顔でめでたしめでたし……みたいな、脳天気な内容になってません。
源流は1950年代後半、エリア・カザンやシドニー・ルメットなどニューヨーク派の新しい動きにあったと思いますが……朝鮮戦争、ベトナム戦争で疲弊しきったアメリカは、もう往年のハリウッド式ハッピーエンド映画に、欺瞞しか持てなくなってしまってたんですね。
それで、『俺たちに明日はない』を先頭に、『イージー・ライダー』、『泳ぐひと』、『ファイブ・イージー・ピーセス』など、いわいるアメリカン・ニューシネマがアメリカ映画の主流になってしまいました。
世間を斜めから見たような視点で、アンチ・ヒーローを魅力的に描き、それまでハリウッド映画が巧妙に避けてきたセックスと暴力、社会の病巣みたいなものを包み隠さず、直截描写で表現。
『真夜中のカーボーイ』や『スケアクロウ』のように、救いを求めれば求めるほど、現実はその願いを裏切り、冷徹な結果をもたらしてしまう。パブリックな社会には失望と敵意、空疎感が漂い、青春は破滅へと向かう。わずかな希望は細くて危うい小さな人間関係のみ。映画をハッピーエンドに導いてくれる勇敢で逞しいヒーローなど、誰も信じられなくなった時代。
あのジョン・ウェインでさえ、『11人のカウボーイ』では子どもたちを守れずに殺されてしまう。盗まれた牧牛を死にものぐるいで悪党から奪い返し、牧場主の仇を討ったのは、残された子どもたち。しかし、ラストシーンで子どもたちに勝者の笑顔はなかった。

ここで……
門外不出、取扱注意、死後10年間公表禁止の、私家版映画ノートの登場。このノートの記述によりますと、公開当時の私は、『ロッキー』をそんなに高く評価していなかったみたいです。
1977年公開映画でベタ褒めしているのは、『合衆国最後の日』1本のみ。『ロッキー』は、『カサンドラ・クロス』、『がんばれ!ベアーズ』、『ロビンとマリアン』、『名探偵登場』、『続・個人教授』、『ダウンタウン物語』、『キャリー』、『大陸横断超特急』、『戦争のはらわた』、『エクソシスト2』、『エンブリヨ』、『さらば冬のかもめ』、『トリュフォーの思春期』と同じ評価(世間知らずのクソガキが、生意気に点数なんぞ付けている。70点だってさ)。
1976年公開作品がだいぶ混じっていますが、地方のことゆえ劇場公開のタイムラグが多少あります。ちなみにこの年の最大の収穫は、『史上最大の作戦』と『栄光のル・マン』の再映2本立て。『キングコング』と『遠すぎた橋』、『ザ・ディープ』などの大作は期待はずれだったようです。

また脱線してる?

公開当初は、『ロッキー』をそんなに高く買っていなかった。
でも大好きな映画だったから、その後も何度も観に行ってますね。
スクリーンで8回観た映画は、『ロッキー』と松田優作の『殺人遊戯』だけです。

脱線ついでに……
良い映画と好きな映画の区別ができない人、多いですね。
インターネットで映画について書いている人の大部分が、好き嫌い感想文。
お喋りオカマ(類人猿似)の影響かな?
あんなの猟友会に頼んで、早く駆除しちゃえばいいのに。

『ロッキー』に話を戻します。
『ロッキー』を高く評価するようになったのは、自分で脚本を書き始めてからですね。この魅力的な映画の、何処にその秘密が隠されているのか。分析すればするほど、脚本の巧さ、凄さが分かってきたみたいです。
最初の映像は色褪せたキリストの壁画。紫煙漂い、野次と罵声が飛び交う場末の拳闘場から、もうウーンと唸らざるを得ない。この映画はこの場面から始まる。逆に言えば、この場面以外にどんな場面が考えられる?
映画の主人公は誰なのか、どんな世界の住人なのか、生活に満足しているのか、希望は持っているのか、どんな性格の奴なのか、僅か3分で観客に伝えているわけです。
良いファーストシーンのお手本ですね。惚れ惚れしちゃう。
素人の書いたファーストシーンは無駄が多いですからね。独り善がりの場面を延々と描写してる。とても他人様にお見せできるものじゃない。そんなもん書くな、作る側も観る側も双方迷惑じゃ。
そんな奴に限って、「いやこの場面には僕の特別な思い入れが……」とか抜かしよる。アホが。何処の馬の骨とも分からん貴様の思い入れなど、誰が知りたがるものか、自意識過剰もいい加減にせい。
ファーストシーンがどのくらい重要かというと……作品のすべてを決定してしまうくらい重要といえます。ファーストシーンを普段の生活に例えるなら……どこで誰が大便をするか? これに尽きますです!
(以下、筒井康隆「乱調文学大事典」のパクリ)。
出勤前のお父さんが煙草と新聞持って便所に入ったのでは、あまりにも普通。どこにでも転がっているホームドラマ。これは第一線で活躍されている大先生にのみ許される贅沢。新人シナリオライターに求められるのはフレッシュな斬新さ。俺様以外には誰も思いつかない、恐ろしいまでに面白いアイディア。お家のトイレにはない、とてつもなく吃驚仰天の世界。例えば、全裸の美女が会社社長の顔面上でぶりぶりやる。スカ吐露SMだ。あるいは、無重力空間のスペース・コロニーを見学に来た保育園児のみっちゃんが、みちみちうんこたれる。あたりいちめんにぽっかりぽっかり浮かんだうんち。児童文学メルヘン風SFファンタジーだ。嵐に荒れ狂う大海原、海賊船の船長が黄金の便器に大便をひる。たちまち大便は黄金の塊に変わる。ウォーと歓声をあげる手下たち。海洋伝奇アドベンチャーだ。
このように、いつ何処で誰がなにをしているのか、どんなストーリーなのかを、手際よく分かりやすく自然に伝えるのがファーストシーンの役割。それで映画の内容が決定される。よって超重要。
早い話、ファーストシーンに魅力のない下手糞なシナリオは、製作者や監督に読んでもらえない。つまり作品化されない。お金にならない。御飯が食べられない。物乞いしなければならない。惨めである。いっそ死んでしまおうか、などと脳裏をよぎる。毎日のようによぎる。びゅんびゅんよぎる。性格が暗くなる。暗い性格が顔に出る。女の子にモテなくなる。人生をつまらなく感じる。マジで自殺を考える。ちらりと後ろを見る。誰も止めようとしない。視線が合うとパッと顔を背ける。見て見ないフリをしておるのだ。今度こそ本気で絶望する。じっと掌を見る。生命線がぷつりと途切れている……そのくらい重要なのがファーストシーン。
私はファーストシーンに命を賭けてますからね。
(いや、それは言い過ぎ)
でも、全体の構成の半分くらいは、ファーストシーンに力を入れます。
残り半分のパワーと惰性で、ラストシーンまで一気に書く。
(大嘘&冷や汗、綱渡り)

そこまで力(リキ)入れて書いたファーストシーンも、阿呆な演出家が現場で勝手にこっそり、独り善がりで陳腐極まりない場面やセリフに変更したりしますからね。
なにもかも虚しくなるときもありますよ。やりきれなくって、じっと掌を見る……生命線がぷつりと途切れてる。

再び『ロッキー』に話を戻します。
ロッキー・バルボア、30歳。どこの街でも一人はいそうな市井の徒。
彼の周辺にいる人物も、周りを見渡せば、いるいる、って感じの人ばかり。
でも、30分くらい見てると、彼の人生に共感しているんですね。
不思議ですね。映画のマジックですね。
マジックの詳細な種明かしは、――略――。
キャラクター設定が見事ですから、このまま何事もなくストーリーを続けても、そこそこの佳作になったと思います。
ところが……映画は状況設定を一通り終えた後、ハリウッド映画の歴史を変えた、問題の局面を迎えます。
私は、この設定を考えついたってだけで、スタローンをネ申認定しますですよ!

現役のヘビー級世界チャンピオンが、次のタイトルマッチの対戦相手に、ロッキー・バルボアを指名する。

凄いでしょう?
もし思いついたとしても、普通の人は口に出しません、バカバカしくて。
子どもじゃないんだから。
無名の、肉体のピークを過ぎて落ち目の、しかも普段は金貸しの取立屋をやってるようなヤクザな男が、世界選手権?
コメディなら成立するアイディアなんですけどね。
口頭でストーリーを説明した場合、この部分で相手にされなくなります。普通なら。
億単位のお金が動くんです、映画を製作するとなると。
低予算っていったって、製作費100万ドル、撮影日数28日間ですからね。
映画化を決めたプロデューサーも、またネ申、ってことでしょう。

もちろん強引な嘘を納得させるための伏線は、用意周到。
予定されていた対戦相手が試合の5週間前に怪我を負ったこと。ビジネス上の損得で、早急に相手を探さなきゃならないこと。
そして決め手となったのが、建国200年祭。
「アメリカはチャンスの国だ、俺様が無名ボクサーにチャンスを与えてやるぜ、お正月プレゼントだ、あっはっは……」
ストーリーに絶対必要なのは、ロッキーを対戦相手に指名するという一点のみ。これは動かせない。
その嘘を嘘っぽく見えなくするために脚本家はあらゆる努力をする。ロッキーを対戦相手に選んでもおかしく思われないチャンピオンとは、いったいどんな人物なのか。キャラクターの細部まで検討する。『ロッキー』の脚本はその点もそつなく巧くやってのけている。お祭り気分で対戦相手を選んだこの男は、そうした軽薄な言動が自然に思えるような、それが当然のようなケバケバしい道化衣装で登場。こいつならやりかねないと、誰もが納得できるキャラクターとなっている。

基本的に『ロッキー』はニューシネマ風に撮影された映画で、登場人物たちのキャラクター描写もその流れに沿ったものです。今じゃ想像つかないだろうけど、スタローンの演技は、アル・パチーノやロバート・デニーロに続く才能として語られていました。全編のムードは、一貫して、当時の主流だったニューシネマなんです。そこに超弩級の嘘を1個だけ落としてみたら、ニューシネマとは対極のところに突っ走ってしまったわけ。

試合が決まってからもリアリズム描写の人間ドラマは続きます。肉屋のポーリーとその妹エイドリアンの関係、ロッキーを見限っていた老トレーナーとの確執とか、味のあるエピソードばかり。スケート場のシーンも、ロッキーとエイドリアン、それぞれの個性を自然な芝居のなかで説明していて、巧い。

15ラウンド善戦するけど、試合は判定で負けてしまう。これも納得の許容範囲。結局、ストーリーを強引に変化させた嘘以外に、嘘っぽいところがないんですね。
このさじ加減が絶妙なんです。

しょせん映画なんて作り物の世界。どんなにシビアな視線で現実を描き、社会の欺瞞を告発しても、映画は映画。世の中を変えるのは政治の仕事。映画屋は観客を満足させる映画を、ひたすら作り続けるのみ。それ以上でも以下でもない。
我々が映画に求めているのは、現実社会の焼き直しじゃない。嘘でもいい、気分を高揚させる、夢と希望を与えてくれる、未来について強く正しく語れる何かだ。

『ロッキー』以後のハリウッド映画は、これが主流となりました。
ハリウッド黄金期のラインに戻ってきたわけです。

『ロッキー』の大ヒットで、3年後の1979年に続編が製作されました。スタローン自身が再び脚本を書き、念願の監督も担当。こちらはもう完全に往年のハリウッド・スタイルで、ゲーリー・クーパーやジミー・スチュワート主演で映画化されてもおかしくないくらいです。
3作目以降は、――省略――

で、『ロッキー』の音楽についてなんですけど……
(今日も長くなってすみません)

長い間『ロッキー』のサントラ盤は、『ロッキー2』の方を薦めてきたんですね。
1作目は低予算映画なので、サントラ録音にもあまりお金をかけていない。ぶっちゃけ音質が悪い。テープ走行音が大きく残っていて耳障り。その点、1作目大ヒットで潤沢な予算が用意できた2作目の方は音質良好なうえに、(映画をご覧になった方はご存知でしょうが、2作目のオープニングは、1作目のクライマックス試合のダイジェストが付いています、そのBGMである)8分30秒の「序曲 Overture」が入っている。つまり1作目の美味しいところがまとめて聴ける。挿入歌以外の主なメロディは1作目の流用だから、サントラ買うなら2作目がいいよ、と言ってきました。

『ロッキー2』 オリジナル・サウンドトラック
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『ロッキー2』 オリジナル・サウンドトラック
Rocky II Original Motion Picture Score

UA/EMI USA
音楽:ビル・コンティ

確かに音質はいいのだけど、2作目は増えた予算の分をシンセに使ったようで、1作目よりもエレクトリック楽器大活躍のナンバーが増えています。ビル・コンティはそれで人気を得たようなところもあるけど……先の「序曲 Overture」を例にとると、クライマックス中のクライマックス、15Rが終了してロッキーが「エイドリアーン!」と叫び、ジャッジメントのアナウンスもそっちのけで二人が抱き合うシーン(1作目サントラでは「最終ラウンド The Final Bell」と題された白熱コンガ入りのナンバー)が、見事に打ち込みのシンセドラムに置き換えられているんですね。
これに気が付いて、改めて1作目サントラ盤を聴き直してみたら、音質を越えた熱気というか、がむしゃらな勢いがあるんです。2作目サントラは、アップテンポの曲は1作目よりもより早いテンポで演奏されるけど、手際が良すぎて軽薄に聞こえる。1作目には手作りの力強さが感じられます。

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『ロッキー』 オリジナル・サウンドトラック
Rocky Original Motion Picture Score

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音楽:ビル・コンティ

エレクトリックとオケを絡ませると抜群に巧い作曲家ですが、『ハリーとトント』と『グリニッチ・ビレッジの青春』で最初に出会ったせいか、叙情的なピアノ・ナンバーにより惹かれます。「ロッキーのテーマ Gonna Fly Now」は誰もが知っている名曲ですが、コンティらしい繊細なナンバー「フィラデルフィアの夜明け Philadelphia Morning」、「初めてのデート Fast Date」、「孤独のリング Alone in the Ring」(以上、1作目)、「眠られぬ夜 Vigil」、「オール・オブ・マイ・ライフ Instrumental Version」(2作目)の切なく愛おしいメロディがあってこそ、エキサイティングなナンバーが引き立っているんでしょう。
3作目以降は、映画同様、――省略――。

私のシンセ嫌いのいちばんの理由は、音楽に演奏者の意思が見えないところです。打ち込みドラムだってプログラマーがセッティングしているんだから、人の意思が介在しているという見方もできますが。プログラム演奏にはミスがないってところがインチキ臭い。
超高速で正確にリズムを刻むリズムマシーンよりも、一生懸命コンガの皮を叩いて出された音の方がスリリングだし、(多少音質が悪くても)感動しますです。

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