オールド・ディック L・A・モース
ハヤカワ文庫HM (1981-1983)
オールド・ディック L・A・モース
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テレビの2時間サスペンス・ドラマには、いろんな探偵がでてきますね。お手伝い探偵とか、女子大生探偵とか、お座敷芸者探偵とか……大多数が無免許で報酬も貰っていない、ただのお手伝いさんだったりただの女子大生だったり。ほんとは探偵じゃないんですね。ストーリーの都合上、探偵の真似事をやらされているだけの素人さん。
「◯◯探偵」ってアタマに付いてるサスペンス・ドラマのタイトル、どうにかならないものでしょうかね。それだけで観る気が失せちゃう……っていうか、新聞のテレビ欄にゴチャッと書いてある長〜いサブ・タイトルと配役表だけで、すべての内容が読めちまう。まったく観る気なりませんですよ。
本作には老人探偵が登場します。
ただの老人ではなくて、ちゃんと免許を取得している、本職の探偵であります。但し、15年前から仕事の依頼はなく、毎日毎日、エロ小説を読んで公園でひなたぼっこしている。近所のオバサンが独り暮らしを心配して、食事に誘ったりもしてくれる。
一見、まったくもって普通の孤独な老人。
そんな彼が、ミステリアスでエロティックでハードボイルドな事件に巻き込まれちゃいます。
事件の内容は、この手の小説にありがちなものだけど、ちょっとしたフェイントもあって、プロットはロス・マクドナルドっぽく巧妙に仕組まれています。悪玉ギャングに拉致されて拷問を受けたり、銃撃戦を展開したり、カーチェイスまでやってのけ、更にはこの手のペイパーバックのお約束、若い女の子とのスケベ場面まで用意してある。これが通常のハードボイルド探偵だったら、なんてことないが、我等が主人公ジェイク・スパナーは78歳。行く先々で年齢が邪魔をする。そこがこの小説のポイント。高齢のハンデキャップが強烈に機能して、面白さをグンと引き立たせてくれてます。
巻頭から、ハアハアゼイゼイ、息を切らし、必死になって(よぼよぼ)走る老人の姿に抱腹絶倒ひしひしと感動。
他に、元ギャングや元警察官など70過ぎのタフガイが登場。いつ卒中で、いや卒中に限らずどんな原因で倒れてもおかしくない年寄りどもが、ハアハアゼイゼイ、息を切らして事件を追跡しております。
人生の後半戦に突入し、日増しに体力が衰えてゆく我が身を思えば、ここに登場するご老体の健気な奮闘ぶりは、まじで感動ものであります(若い読者は、素直にジジイのドタバタをゲラゲラ笑って読めばよろしい。作者もそのような意図で書いてます―― 感動してしまうのはこっちの勝手、ただの深読み)。
幸か不幸か78歳まで生き延びることができたなら、ジェイクのような老人になりたいね、なんてことを考えさせてくれる、「老人かくあるべし」の人生読本。
ほんとに78歳になってから再読したとき、笑うか涙するかは、あなたの人生次第。
エロ小説が好きな78歳の主人公。その興味に反して下半身が反応しない現実を、冷酷かつアッサリと提示するファースト・シーンを読んで、巧みな小説だなぁと(マジで)感心いたしました。
日本のアホウな小説家は、そこだけに拘泥して、ツマラン私小説をよく書いてますね。そんな奴にジェイクのような人生観は、猫に小判でありましょう。