soe006 島田荘司 「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」

漱石と倫敦ミイラ殺人事件 島田荘司

集英社文庫 (1984-1987)

漱石と倫敦ミイラ殺人事件 島田荘司
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漱石と倫敦ミイラ殺人事件 島田荘司

勇躍英国へ留学した夏目漱石は下宿先で夜毎、亡霊に悩まされ、シャーロック・ホームズに相談に行った。折しもそこに金持未亡人が訪れて言うには、永らく生き別れた弟と再会したのだが、彼は中国で恐しい呪いをかけられ一夜にしてミイラになってしまった、と。居合せた漱石もこの難事件解決に一役買うことになるのだが……。本格推理長編。

イギリス留学中の夏目漱石がベイカー街でシャーロック・ホームズと出会い、奇怪な事件の謎を解く……星の数ほど存在するホームズ・パスティッシュのなかでも、群を抜いて良くできた本格推理小説。
島田荘司の全作品のなかで、最も好きなミステリー。

コナン・ドイルの「シャーロック・ホームズ」シリーズが本格ミステリーの元祖的役割を果たし、現在に至るまで読み継がれている古典名作であるということに、異論はありません。
しかし、ホームズ冒険譚は、19世紀の終わりから20世紀初頭にかけて書かれているし(100年前ですね)、その後に発表されたミステリー小説はより高度により複雑に発展し、21世紀の現代人が初めて読んだとき、(物足りなさを含めた)違和感があるのは仕方ないところ。
おいおい、それはあんた(ホームズ氏)の思い込みでしかないだろ……みたいな強引な推理も沢山ありますからね。本格と呼ぶにはあまりにも頼りない論理がまかり通っているのは、まごうことなき事実であります。
また、「ホームズ」シリーズ全体を俯瞰したときに、各々の事件の流れに矛盾や誤りがあり、辻褄の合わない箇所が散見されるのは多くの人たちに指摘されているところ。まぁ、そこがシャーロキアン(ホームズ愛好家・研究家)の話題のタネとなり、多くのパロディ、パスティーシュを生んだ要因の一つではあります。

さて、この島田荘司版ホームズ・パスティーシュが、膨大な数のパスティーシュ、パロディのなかでもとりわけ優れているのは、ちゃんとした本格推理小説、すなわち、不可解な事件とその合理的な解決がガチンコに構築された推理小説として完成されていることです。安易なスター競演に終わっていない。表面的な趣向とロジックが整然と一体化されたストーリーになっています。
島田荘司は、60編のホームズ譚の「最初の一節を聞いただけでどの短編か判る」と豪語するほどのシャーロキアンだから、ホームズとその周辺の描写には抜かりはありません。上に述べた原典の矛盾についての考察もあるし、章ごとに語り手が漱石とワトスン博士に入れ替わる構成も、二人の視点のギャップがユーモラスに昇華されていて見事というか、愉快極まりないです。

イギリス留学中に極度のノイローゼに罹り下宿先を転々としていた夏目漱石についても、資料をよく研究したうえで違和感なくストーリーに組み込まれており、二人の有名人に芽生えるさりげない友情は、爽やかで、この小説の好感度をアップさせています。

島田荘司の代表作としては、カルトなファン(ヲタク)を持つ「御手洗潔」シリーズということになるでしょうが、あっちは『暗闇坂の人喰いの木』(講談社)以降、膨大な資料を整理できずにそのまま引用し、無駄に長編化するという愚行(文庫本でさえ読んでると手が痺れてくる重量!)に走り、人に薦めるのに二の足を踏んでしまう作風になってしまいました。
シリーズ初期から順を追って読んでるとキャラクターにも愛着が湧き、胃にもたれない枚数の短編集のなかには、上手いアイディアの掌編もありますど。莫迦みたいに長ぁ〜い長編も、最後まで読ませる剛腕パワァを持っているとは思いますが……たぶん、小説そのものでなく、それを取り巻く熱狂的な読者(ヲタク)と、その人気に胡座をかいてる作者の態度が気に入らないのでしょう。

その点、こちらの『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』は、集英社文庫版で272ページのお手頃枚数。気軽に推薦できる1冊です。

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