soe006 ドナルド・E・ウェストレイク 「斧」

斧 ドナルド・E・ウェストレイク

文春文庫 (1997-2001)

斧 ドナルド・E・ウェストレイク
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斧 ドナルド・E・ウェストレイク
原題「The Ax」 翻訳:木村二郎

わたしは今、人を殺そうとしている。再就職のライバルとなる元同業者6人を皆殺しにする。この苦境を脱する手は他にないのだ――リストラで失職したビジネスマンが打った乾坤一擲(けんこんいってき)の大博打は、やがて彼の中の”殺人者”を目覚めさせてゆく。
ハイスミスやトンプスンに比肩する戦慄のノワール。ミステリの名匠の新たなる代表作。

題名の「斧(The Ax)」は、「斧で切る」から転じて、「馘にする」「解雇する」という意味。
長年勤めていた製紙会社を「馘」になった中間管理職の主人公が、新しい職場を獲得するために、自分と同じスキルを持った求職者を次々と殺してゆくという、なんとも救いのないストーリーです。
ドナルド・E・ウェストレイクは、軽妙な泥棒コメディ「ドートマンダー」シリーズの作者なので、少しはユーモアも加味されているのでは、と思って読み始めたのですが……真っ暗なノワール。ウェストレイク(名義)だからコメディだろうって先入観は、こちらの勝手な思い込みでした。

偽の求人広告を業界紙に掲載し、応募者のなかから自分のライバルとなりそうな6人の男を抽出、抹殺してゆく。それがこの小説のすべてです。
主人公はあきらかに狂っているのだけれど、その動機は、再び職を得て、健康で明るい家庭を取り戻したいという、家族思いの父親として真っ当なものだし、本人も、最大の敵は自分を解雇した会社であり、解雇せざるを得なくしてしまった産業構造の変化、そのような政策を推進してきた社会であると冷静に自覚しています。殺す相手は、年齢も経歴も自分に近い男たちばかり。同じ問題で悩みを抱える同志であり友人であり、自分の分身であることも知っています。しかし、自分(と家族)の生活のために、そいつらを殺さなくてはならない。

わたしは人殺しではない。殺人鬼ではない。けっしてそうではなかった。そんなものにはなりたくない。非情で、無慈悲で、空虚なものには。それはわたしではない。成り行きの論理のせいで、こういうことをする羽目になったのだ。株主の論理と、重役の論理と、市場の論理と、労働力の論理と、ミレニアムの論理と、最後にわたし自身の論理のせいだ。

ほかの方法を教えてくれたら、わたしはそれを選ぶ。わたしがやっていることは、ひどくて、厄介で、恐ろしいことだが、自分自身の生活を守るために、やらなければならないのだ。

一人称で淡々と語られる主人公の心情は、実に率直で理知的。不況下で日々をおくっている我々日本人にも(特に俺には)素直に響いてきます。悪いのは自分ではなく、自分を取り巻く歪んだ環境であり、そのように仕向けた一部の強者。妻の不倫も、息子の非行も、すべて自分を馘にした会社の判断が原因なのだ。

「この社会はブチ切れたと思いますよ……(略)……アジアとかそういうところの原始社会じゃ、生まれたばかりの赤ん坊を山に捨てて死なせるんです。食べさせたり世話したりする必要がないようにね。その一方で、昔のエスキモーみたいに、年寄りを浮いている氷の破片にのせて死なせる社会もあります。もう年寄りの世話が出来ないからです。でも、これは精力の絶頂にある脂の乗りきった一番生産的な人間を捨てる初めての社会ですよ。それで、クレイジーだと言うんです」

3番目のターゲットになった男(犠牲者としては4人目――主人公はターゲット以外の人間も成り行きで殺している)が主人公に語るセリフです。
主人公はこの男に好意をもち、彼の意見に共感し、いったん別れたあとで、再び殺しに戻ってきます。
激しく雨が降る深夜の道路で、この男を轢き殺す、絶命するまで何度も車を前後させる場面は強く印象に残りました。

リアヴュー・ミラーと左側のサイド・ミラーとずっと右側のサイド・ミラーで、体が三つ見え、三つのミラーの中で彼が動いている。
ええい、くそ、こいつはまずい。彼は動くべきではない。こんな状態はもう続けられない。彼は転がって起きあがろうとしている。
ギアはすでにリヴァースにはいっている。わたしはアクセルを踏んで目をつむった。(略)目を開けた。前を見ると、彼はヘッドライトのぎらついた光の中、雨の中にいた。(略)体はぐたっとなったままで、顔のほとんどは下を向いている。額は歩道についていて、頭は断続的に痙攣している。
これもとめないといけない。ギアをドライヴに入れて、ゆっくりと前に進んだ。あの頭を狙った。がったん。うん。左前輪だ。がったん。うん。左後輪だ。停車した。ギアをリヴァースに入れると、後退灯がついた。三つのミラーに映った彼は動かなかった。

男を殺したあと主人公はモーテルに戻り、涙ながらに懺悔し、犯罪の一部始終を記述した告白書を書き、翌朝は爽快な気分で車に残った傷跡のアリバイ工作をします。

滑り出しはスローテンポで、物語は、殺人どころか拳銃の引き金さえ一度も引いたことのなかった主人公が、父親が戦争から持ち帰ったルガーをひっぱり出し、射撃訓練している場面から始まります。
ユーモアを期待していたせいか、この序盤にちょっと戸惑ってしまいましたが、最初の殺人のあとは、グイグイ惹きつけられました。
一人殺しては悩み、また一人殺しては迷う。相手もまた自分と同じ血の通った人間だという認識を封印させるため、名前でなくイニシャルで呼び、記号化してしまう。やがて次第に感覚が麻痺し、平常心で次のターゲットに向かっていくようになる。そのあたりの淡泊な描写が絶妙。
これは、1990年代の『タクシー・ドライバー』かも知れません。

ドナルド・E・ウェストレイクは、1933年ニューヨーク生まれ。
26歳のときにハードボイルド小説『やとわれた男』(早川書房・現在絶版)でデビュー。以後、タッカー・コウ、カート・クラーク、ティモシー・カルヴァーなど幾つものペンネームを使い分け、主に犯罪小説を書いています。なかでも有名なのはリチャード・スターク名義の「悪党パーカー」シリーズと、ウェストレイク名義の軽妙泥棒喜劇「ドートマンダー」シリーズ。

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