soe006 ジェフリー・ディーヴァー 「静寂の叫び」

静寂の叫び ジェフリー・ディーヴァー

ハヤカワ文庫HM (1995-1997/2000)

静寂の叫び ジェフリー・ディーヴァー
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静寂の叫び ジェフリー・ディーヴァー
原題「A Maiden's Grave」 翻訳:飛田野裕子

聾学校の生徒と教員を乗せたスクールバスが、三人の脱獄囚に乗っ取られた。彼らは、廃屋同然の食肉加工場に生徒たちを監禁してたてこもる。FBI危機管理チームのポターは、万全の体制で犯人側と人質解放交渉に臨むが、無惨にも生徒の一人が凶弾に倒れてしまう。一方、工場内では教育実習生のメラニーが生徒たちを救うために独力で反撃に出るが……緊迫の展開に驚愕と興奮が相次ぐ、読書界で話題独占の作家の最高傑作。

「障害者」って言葉、嫌いなんですよ。
あたかも「あなた方は(あの人たちは)社会活動を妨げる存在であります」と、潜在的かつ意図的に植え付けているような、そんなイヤらしさが言葉に含まれている気がするんですね。運動会の障害物競走を連想させちゃうんですよ。邪魔だ、あっち行ってろ、みたいなね。
一方、「健常者」って言葉も好きになれません。五体満足、身体的に不自由のない状態を「健」かつ「常」って短絡的に表現しちゃうのは、どこかエリートっぽくて鼻持ちならないんですね。
お上の戯れ(言葉遊び)で捏造(ねつぞう)されるヘンテコな日本語には、いつも差別の臭いがプンプン漂っていて胡散臭いです。
この小説では、人質として監禁される聾学校の教育実習生と生徒たちをとおして、聾者の世界観・思想が語られています。

聾の社会では、生まれながらに聴覚機能がなく言葉を覚える機会を得られなかった者(最初の犠牲者となるスーザン)のほうが、言葉を覚えた後に聴覚を失った者(本作の主人公:教育実習生のメラニー)よりも格上の存在であるとか、補聴器や読唇術が意思伝達の手段としてあまり役に立っていないことなど、一般に知られている(誤解されている)聾者のイメージを払拭させる説明が細かく書き込まれていて勉強になります。これらはデフ・ナショナリズム(聾者の民族主義)という思想に基づくもので、かつての黒人公民権運動のように、聾者のなかでも賛否両論、議論されているとのことです。

デフ・ナショナリズム(聾者の民族主義)とは……

耳の聞こえない人間を「耳の聞こえない人間一般」を意味するdeaf(聴覚障害者)と「固有の言語(=手話)、固有の文化、固有の共同体を共有する聴覚障害者」を意味するDeaf(聾者)に分け、Deafを言語的少数民族と捉える見方である。
(「ノーマライゼーション 障害者の福祉 文学にみる障害者像」からの引用)

このデフ・ナショナリズムの先頭に立っていた少女を序盤でアッサリと殺し、中途失聴者で内向的な教育実習生のメラニーを主人公に選んだところに作者の技(ワザ)があります。著者ジェフリー・ディーヴァーは、デフ・ナショナリズムの問題を少し離れた場所から俯瞰的に捉えようと試みたわけですね。作者の(お仕着せではない)、ニュートラルな視点には好感が持てました。極端から極端へ、問題をセンセーショナルに取り上げるばかりでデリカシーに欠ける日本のマスコミに是非見習って貰いたいと、切実に思います。
これが、本作が持つ魅力の、一つの側面。

もう一つの魅力的な側面は……あからさまにハリウッド・ムービー的な、FBI危機管理チームと犯人側が繰り広げる交渉の経緯。
ストックホルム症候群(長時間同じ緊迫状況下にいることで、犯人と人質、犯人と交渉人の間に生じてくる連帯感)をバックポーンに、様々なディプロマシー(駆け引き)が目まぐるしく展開されます。犯人側の要求をのらりくらりと躱し(かわし)ながら、お互い相手の真意をくみ取ろうとする心理工作の手順が克明に描写されて興味深いです。こっそり逃げ出してきた人質を利用して犯人側の仲間割れを誘導するFBIの手口には、(実際はどうなのか知らないけど)舌を巻きました。

人質になった女の子が『X−MEN』のファンで、漫画の登場人物が救出にやって来ないかと夢想している場面などは退屈でしたが、人命第一を唱えてスタンドプレイに出る法務次官補や、報道協定を破って突撃取材するマスコミ、秘密裏に準備される狙撃チームなど、交渉の妨げとなる障害が多重に派生、緊迫感を煽るので次の展開を期待してページを捲ってしまいます。これは徹夜本の基本ですね。
そんなこんなの紆余曲折を経て大詰めを迎えるわけですが、な〜んと、ある人物の登場によって、犯人はアッサリと投降してしまいます。
映画ならここで「え〜、こんなんで終わりなの〜」とがっかりするところですが、小説では逆の効果が生まれます。犯人が逮捕されてもまだ、100ページ余りが残ってる。FBI捜査官と解放された教育実習生のメロドラマで終わる、なんてことには決してならない。

あとの展開は読んでのお楽しみだから何も書かないけれど……文庫本で上下2巻(約760ページ)のうち前半の約660ページは、後半100ページのための前フリだったのだと気づき唖然としますぜ。

ジェフリー・ディーヴァー(Jeffery Wilds Deaver)は、1950年、ニューヨーク生まれ。
ミズリー大学卒業後、フォークシンガー、ジャーナリスト、弁護士を経て、1988年に作家デビュー。本作の後に発表された『ボーン・コレクター』はデンゼル・ワシントン主演で映画化され、日本でもブレイク。
『静寂の叫び A Maiden's Grave(乙女の墓)』も、『デッドサイレンス Dead Silence』と改題されて映画化されています。FBI交渉人にジェームズ・ガーナー、人質ヒロインに『愛は静けさの中に』のマーリー・マトリン。国内版VHS有り。未見ですが、このキャスティングは絶対に違うと思う。

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