soe006 ネルソン・デミル/トマス・ブロック 「超音速漂流」

超音速漂流 ネルソン・デミル/トマス・ブロック

文春文庫/改訂新版 (1998-2001)

超音速漂流 ネルソン・デミル/トマス・ブロック
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超音速漂流 ネルソン・デミル/トマス・ブロック
原題「Mayday」 翻訳:村上博基

トランス・ユナイテッド航空52便がミサイルの直撃を受けた。機長は死亡、乗客は酸欠により凶暴化し、無線機も使用不能……。しかも地上からの誘導は不可解きわまるものだった。悪意の空を漂流し続ける巨人旅客機ストラトン797の運命は? 思わず唸る着想と堅牢な構成で、「史上ナンバー1」の評価を得た航空パニック小説の傑作。

1970年代はパニック映画の時代でもありました。
その口火を切ったのは、アーサー・ヘイリーの同名小説を映画化した『大空港』(1970年)。これはシリーズ化されて『エアポート'75』、『エアポート '77/バミューダからの脱出』、『エアポート'80』と続編が製作され、毎回趣向を凝らしたパニック状況と絢爛豪華なオールスター・キャストで話題になりました。
ちょうどメカニカルなものに興味を持つ年頃でしたから、毎度毎度わくわくしながら映画館に足を運びました。しかしながらアイディアは次第にマンネリ化し、製作規模も弱体化していったのも事実。やがて航空パニック映画は映画館から消えてしまいました。
近年、大統領専用機(『エアフォース・ワン』)や囚人護送機(『コン・エアー』)を扱った映画が製作されたので、少年時代の興奮が再現できるかと期待しましたが、残念ながらあの頃のドキドキハラハラは味わえませんでした。

その欲求不満がどこからきているかというと……
こちらのトマス・ブロックの小説を読んでしまったからに他なりません。
断言してもいいです。
古今東西、航空パニックを扱ったあらゆる映画と小説のなかで、本書こそがベストワンのドキドキハラハラ、最高傑作であります。

基本的な構成は、従来の航空パニック小説のセオリーどおり。上記の解説にあるように、ミサイル誤射によって操縦不能になった旅客機を、無事に着陸させるまでのストーリー。単純です。
しかし、シンプル・イズ・ベスト。単純なものほど強いものはない。
本書を読んで、「他の航空パニックものと違う」と感じたのは、水増し的に描かれる乗客たちのバックグラウンド・ストーリーが(ほとんど)ないこと。いきなりミサイルが誤射されて、あとはドキドキハラハラのつるべ落とし。余計な添加物無しにイッキ読み。読者にサスペンスを与えることのみに専念されている。
これは作者に相当の力量がなければ出来ない技(ワザ)であります。

この小説、最初に出版されたときは、トマス・ブロックの単独著作となっていましたが、1998年の改訂版(邦訳出版は2001年)の際に、ネルソン・デミルとの共著(しかもデミルを上位に表記)という形に訂正されました。このへんの事情は、新版のあとがきに詳しく書かれています。
簡単に説明すると、大手航空会社の現役パイロットで航空専門誌に執筆していたトマス・ブロックは、ある日、航空パニック小説のアイディアを思いつく。少年時代からの友人でベトナム戦争従軍の経験もあるデミルに(軍事的なアドバイスを含めて)協力を求め、共同執筆するが、出版社はブロックの肩書きを優先して単独著作とした。旧版の扉には、「編集上多大のお世話になったネルスン・ドミル……」とブロック自身が献辞を述べています。
ところが、初版出版時はまったくの無名だったネルスン・ドミルは、ネルソン・デミルと表記も改められ、『誓約』、『将軍の娘』などの連続ヒットで、(その後『亜宇宙漂流』や『盗まれた空母』が本書ほど好評を得られなかった)ブロックを凌ぐビッグネームに化けてしまった。そこで出版社は(今度は)デミル名義で更なる銭儲けを企み、新版の出版へと踏み切った。
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。ご〜ん。
(以上、当たらずとも遠からずの俺の憶測)

現職パイロットと軍事技術に長けた二人がよってたかって書いたものだから、テクニカルな描写はつけいる隙がなく完璧。しかも相棒はフィクションを面白くすることにかけてはトップランナーのデミルなのだから、つまらないものになりようがない。
そして、本書の翻訳(村上博基)は、それらの専門知識がない一般凡人の俺にもスラスラ読めてしまう見事なものです。
(ここで翻訳されている専門用語が実際に現場で用いられているかどうかは、一般凡人読者の俺には関係ないし、他の多数の読者にも、それは同様でしょう)

さて、それほどまでに面白い小説ならば、これをハリウッドが映画化しないわけがない。未だ映画化の声を聞かないってことは、本当はそれほど面白くないんだろう?
そんな疑問もあるでしょう。

映画化できないんですよ。

理由を詳しく書くと、これから読まれる方の興を削いでしまいますから、説明は難しいですけど。
まず米国海軍の撮影協力が望めない。
なんといっても米国議会が決定した戦術兵器制限条約に反した新兵器のテストが物語の発端となっているし、その後の軍の行動が(海軍中佐の単独命令という体裁になっているけど)人道的にメチャクチャ問題アリなのだから。
次に航空会社の対応。こちらも人道的に……
面白いのは、(小説の中にも書かれていますが)このような大惨事があったとき、1970年代に量産されたパニック映画では、管制室に、航空会社の重役や主席パイロットや航空機会社のチーフ・エンジニアなどの専門家(プロフェッショナル)がズラリ勢揃いし、煙草を吹かし珈琲を飲みながら、事故機を無事帰還させるための知恵を出し合って侃々諤々議論する場面があるわけです。少年時代に観た映画でも、それらの場面はとても頼もしくて格好良かったし、だからこそ航空会社は自社の宣伝にもなると、製作協力を惜しまなかった。
ところが……本書では、次期社長の椅子を狙う航行担当重役と保険会社支社長の二人だけが事故機と連絡を交わし、出世と保身のために秘密裏に陰謀を企むという、言語道断の振る舞いに及ぶわけで、しかもそれは同様の事故が発生した場合、現実におこりそうな(おこっているかもしれない)展開なわけで……これでは航空機関係の撮影協力は絶対に得られない。

更に、映画化されないもっとも大きな理由として、事故の犠牲となった乗客の扱いがあまりにも……
確かに、高度6万2千フィートの亜宇宙を飛行中に、ミサイルによって機体に穴を開けられた場合、急激な機内気圧の奔出で内部の人や物は外に飛び出してゆく。それは瞬時に起こることで人間の体力や判断で抗うことは不可能。腕とか脚とか首とか胴体とか、そんなものおかまいなしにメチャクチャな状態で飛び出してゆく。この小説でもミサイルが貫通した直後の描写は凄絶に描かれています。しかしそれらの場面は、(残酷過ぎないよう抑制されてはいたが)これまでのパニック映画にもありました。問題なのは……その後の乗客たち。
辛くも一命を取り留めた乗客たちですが、酸素欠乏で脳を損傷。ゾンビ(生ける屍)化して、主人公たちを襲ってきます。無事帰還するためには、それら罪のないゾンビ軍団を叩き潰すしかありません。現実の脳障害の方への配慮(モラル)として、この状況を娯楽映画で描くのはかなり不適切。
まぁ、そういう映画にふさわしくない問題箇所は省略してでも……できません。それらの障害すべてが絡み合いつつ、サスペンスを盛り上げているわけで、それらの一つ一つの積み重ねが本書を、「読み始めたらやめられない」面白さにしているわけです。

これを読んだら、今まで飛行機がなんともなかった人も飛行機が怖くなります。飛行機嫌いだった人はますます飛行機が嫌いになり、つまり、本書は飛行機嫌いの増加に一役買っているわけですね。
パイロットが本職のトマス・ブロックさん、この本が出版されて会社で居心地がわるくなったんじゃないかしら?

今回、旧版と改訂新版を読み比べてみましたが、「アポロの……」が「スペース・シャトルの……」に改められているくらいで、そんなに差違は感じられませんでした。
睡眠時間を犠牲にしてまで読書にのめり込みたい方に、超オススメの面白徹夜本改訂決定版です。

2007/03/05:追記
米CBSでTVM化、2005年10月に放映されたとのこと。
監督・脚本T・J・スコット、共同脚本ケヴィン・ランド。出演はエイダン・クイン、ケリー・ヒュー、ディーン・ケイン、チャールズ・S・ダットン、マイケル・マーフィ、他。
日本では、『エアクラッシュ/超音速漂流』のタイトルで、スターチャンネルにて2007年3月に放映。
T・J・スコットという名前は知らなかったので、allcimemaサイトで検索してみたら、元は役者さんだったようで、90年代に入って安っぽいアクションもののTVMをやたらと量産している人のようです。
IMDbのユーザー・レーティングは、4.1/10 (92 votes)……まあ、そんなもんでしょう。
原作未読で、期待しないで観たら、少しは面白く感じられるかも。

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