soe006 トニー・ケンリック 「スカイジャック」

スカイジャック

July 9, 2005

ニューヨークで映画音楽の勉強をされている jumusさんが新しく立ち上げたブログjumusの映画音楽本製作日誌を読んでいたら、「私の乗った飛行機は、客室乗務員が見つからない、という何とも珍しい理由のため、1時間30分遅れで出発しました」という一文にぶつかり、椅子から転げ落ちるほど大笑い感心してしまった。

というのも……前回の「超音速漂流」に続いて、航空関係の娯楽小説をサイトで採り上げようと、先月トニー・ケンリックの「スカイジャック」を再読したばかりだったからだ。
この小説には、遅刻(または無断欠勤)したスチュワーデスと同じユニフォームを着ていたというだけの理由で、主人公の女性(弁護士秘書)が、あれよあれよという間にサンフランシスコ−ホノルル間を往復する羽目に合うという、抱腹絶倒のエピソードがある。スラップスティックなお笑いだが、前述の jumusさんのブログを読んで、こりゃ現実にあってもおかしくないな、と大いに笑い転げた感心してしまった次第。 いやはやアメリカ合衆国という御国は、大らかというか、実にいい加減なのもですなぁ。

というわけで……サイト・リニューアルなどで延び延びになっていましたが、娯楽小説スクラップブックに「スカイジャック」をアップしました。 ジャンボジェット機と乗客360人を煙のように消してしまう(自爆テロじゃないっす)という、稀有壮大なトリックが売り物のミステリーです。

ミステリー関連で訃報。
「87分署シリーズ」のエド・マクベインが亡くなりました。死因は喉頭(こうとう)がん。エヴァン・ハンター名義で、ヒッチコックの『鳥』の脚色もやっています。享年78歳。
追悼の意を込めて、次回の娯楽小説スクラップブックは「87分署シリーズ」の最高傑作『殺意の楔』を採り上げようかな。
押入か屋根裏か、どっかにあるはずだから、これから探しますです。

スカイジャック トニー・ケンリック

角川文庫(1972-1974/改訂版:1998)

スカイジャック トニー・ケンリック
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スカイジャック トニー・ケンリック
原題「A Tough One to Lose」 翻訳:上田公子

360人の乗客を乗せてサンフランシスコを飛びたったジャンボ機が、ふっつりと消息を絶ってしまった。事故なのか? そうではなかった。間もなく、機体ならびに乗客の安全と引きかえに、2千5百万ドル相当のダイヤモンドを要求する手紙が舞いこんだのである! 州警察とFBIの懸命の捜索にもかかわらず、なんの手がかりもつかめなかった。しかし犯人は、あの巨大な機体と満載した乗客をいったいどこに隠したのか? 偶然この事件を耳にした弁護士ベレッカーと秘書アニーは、報奨金目当てに、この謎に敢然と挑戦したのだが……

ボーイング747と360人の乗客がまるごと誘拐されるという、稀有壮大な犯罪が発生する。
なんといってもジャンボ・ジェット機ですからね。人目に触れず隠しておける場所なんて、そうそうありません。着陸可能な場所も限られているし、人質も 360人ともなれば管理(見張り)が大変です。軍隊レベルの組織でないと、これだけの犯罪は不可能……ところが、この事件は10名に満たないグループによって企てられたわけで……えっ、どうやって? という犯行のトリックが最大の売り物。

全体は第一部と第二部に分けられていて、第一部では、一人また一人と、犯人たちがグループに参加するまでの生い立ちや経緯が、個々に章立てて紹介されます。
スカイキャップ、胴元、パイロット、プログラマー、大男の手荷物係、デブの手荷物係、スチュワーデス……計七名。まるで黒澤明の『七人の侍』みたいです。
はい? 目次にある「爆弾男」が抜けている? それは……
まぁ、あとにしてください。

このスケールの大きな謎に挑むのが、経営不振に悩む弁護士ベレッカーと、(ほとんど無給で働いている)秘書のアニー。二人は元夫婦という関係でもあります。クレイグ・ライス(『大はずれ殺人事件』)のジェークとヘレンをもっと狂騒的にしたようなコンビで、10万ドルの報奨金目当てに捜査にのりだしたものの、やることなすことヘマの連続。かなり笑わせてくれます。ストーリーの展開とともに、二人が縒りを戻してゆくのも、お約束ですね。

シリアスな犯行グループと、夫婦漫才のお笑いコンビが交互に描かれ、お互いが直感(偶然)や推理(誤解)で接近したり離れたりしながら、クライマックスでぶつかるという……アルフレッド・ヒッチコック監督の遺作『ファミリー・プロット』に似た皮肉たっぷりの構成で、気づかれたと勘違いした犯人側が、素人探偵の口封じに余計なことをしてしまう、という展開も同じ。派手な追っかけ場面(愛する元妻を、命を賭して取り戻そうとする勇気に拍手!)もあって、こちらの方がよりハリウッド映画っぽいストーリーだと思います。
文庫本あとがきに、「コロムビア映画によって映画化決定。現在、メルビン・フランク監督のもとに、製作中だそうです」……と書かれていたので、IMDbを使ってタイトルと著者名、監督名で検索してみましたがヒットしませんでした。メルビン・フランクは「珍道中シリーズ」の監督のことだと思いますが、弁護士元夫婦のパートはそんな感じのノリでOKっすね。

興味の最大の焦点である、消えたジャンボ機と乗客のトリックは、完全に不可能とはいわないけれど、ちょっと無理があるかな? すべて都合良く運べば出来ないこともないですクラスのトリックです。
それよりもこの小説で舌を巻いたのは、トリックが発覚する、そのきっかけを伏線として張っておきながら、読んでいるときには気づかせないという巧さですね。

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