soe006 日本国憲法と靖国神社

この日記のようなものは、すべてフィクションです。
登場する人物、団体、裏の組織等はすべて架空のものです。ご了承ください。

日本国憲法 前文

December 10, 2003

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令および詔勅を排除する。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと務めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う。

靖国神社

December 17, 2003

靖国神社は、明治2年(1869)、戊辰戦争で斃れた人たちを祀るために東京招魂社という名称で創建されました。
靖国神社と改称されたのは明治12年で、嘉永6年(1853)にペリーが浦賀に来航した時からの国内の戦乱に殉じた人たちを合わせ祀り、明治10年の西南戦争後は、外国との戦争で日本の国を守るために斃れた人たちを祀ることになった神社です。

平成14年10月17日現在、明治維新(7,751名)、西南戦争(6,971名)、日清戦争(13,619名)、台湾征討(1,130名)、北清事変(1,256名)日露戦争(88,429名)、第一次世界大戦(4,850名)、済南事変(185名)、満洲事変(17,175名)、支那事変(191,238名)、大東亜戦争(2,133,823名)、合計 2,466,427名の御英霊が祀られています。

靖國神社 公式ホームページ

イラク北部で殺害された奥克彦さんと井ノ上正盛さんは、イラクの人道復興支援のため日本国より派遣された外務省職員です。
日本の対イラク政策が日米安全保障条約に基づくものであるならば、尊い生命を犠牲とされたお二人の外交官には、国防の責務も課せられていたことは自明の理。

なぜ靖国神社に御霊を祀ろうとする議論がなされないのか?

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