soe006 クリスマス・プレゼント 最終話

この日記のようなものは、すべてフィクションです。
登場する人物、団体、裏の組織等はすべて架空のものです。ご了承ください。

クリスマス・プレゼント 最終話

December 24, 2005

今夜はクリスマス・イブ。
俺がベッドに入ったのを見計らって、
そいつは、こっそり部屋に侵入してきた。
計画どおりだ。
無理して大工を雇い、煙突付きの暖炉を増築した甲斐があった。
そいつはまだ俺が起きているとはつゆ知らず、音もなくベッドに忍び寄ると、背負っていた布袋からプレゼントを取り出し、枕元の靴下の中にこっそり入れた。

俺は即座に身を起こし、ピンと伸ばした指で靴下を指し、迫力たっぷりのバリトン・ヴォイスで叫んだ。

「我々が欲しているのは、このようなものではない!」

そいつは驚いた様子もなく、まるでコントラバスの弦の響きにも似た落ち着いた声で、笑った。
おれはもう一度、さらなる力を込めて叫んだ。
「我々が欲しているのは、このようなものではない!」

そうだ。我々人類はもう、商業至上主義的物欲満足生活に終焉のピリオドを打つ段階に来ているのだ。
このページの左を見ろ、広告で埋め尽くされているではないか。上を見ろ、こんなところにまで広告が貼ってある。下にもある。どこもかしこも広告だらけだ。どこもかしこも商品であふれている。これら広告が意味するものはだたひとつ。
「買え!」
刹那的かつ安直に物欲本能刺激する、単純にして即物的なメッセージだ。
確かに、右肩上がりの経済成長期には、貴様のような存在も必要であったろう。消費は美徳と大衆を惑わし、贅沢を賞賛し、経済と物流のシステムを高度に発展させるために、貴様のようなトリックスターは大いに重宝された。それは認めよう。
しかし、もう貴様の役目は終わったのだ。
長期低迷する日本経済。貧富格差が広まりつつある現状を鑑みたとき、消費こそが幸福の証とする思想は、百害あって一利なし。貧乏人差別の温床としてしか意味をなさなくなってしまったのだ。
勝ち組と自称する金持ち層はいいだろう。これまでどおり、金さえ出せば手に入らぬものは何もない。そのぬるま湯的自己満足に浸っていればよい。しかし負け組のレッテルを貼られた貧乏人はどうなる。物がなければ幸せになれないのか? 物が買えない貧乏人に歓びはないのか?

もはや貴様は害悪以外のなにものでもない。
この季節、街を歩けばあちこちに貴様のエピゴーネンが点在している。「買え、買え」と「安いよ、安いよ」を交互に連呼する以外に能のない、哀れなドッペルゲンガーだ。この事態を異常と呼ばずして、この世の正常などあり得ない。物欲が善であるなら、貧乏人に歓びはない。世界は暗黒の闇に閉ざされたも同然だ。
いま一度、裂けんばかりの声で俺は叫ぶ。

我々が欲しているのは、このようなものではない!

真実の歓びとは、美しき神々の煌めきである
炎のような情熱に酔って、天空の彼方、聖地に踏み入るのだ
時の流れによって分離されたものは、神の翼の元で再会し、
ひとつに統合される、全ての人類は兄弟になる
代え難き一人の友人とめぐり逢えた歓び
優しき一人の妻を娶った歓び
その歓びの声を一つに集めよう
善人も悪人も、すべて薔薇色の軌跡をつくる
そのときこそ、天使は神の御前に立つのだ

俺の、一世一代の大演説だった。
あるときは渋いバリトン・ヴォイスで、またあるときは透きとおるようなソプラノで。聞き手を退屈させないよう、ときにはお茶目なトルコ行進曲風に、またあるときは荘厳な教会音楽風に語り続けた。最後の方などは大興奮してしまい、混声合唱のような大声で、言葉も聞き取れないくらいにテンポアップしてしまった。
正直に告白すると、いささか自分に酔っていたとしか思えない。
自分でも何を喋っているのか意味不明になってしまったので、不自然だとは思ったが途中でやめてしまった。
ふと我に返ったとき、東の空が明るくなっていた。
クリスマスの朝だ。

俺は、靴下に手を突っ込み、中の物を取り出した。

ベートーヴェン「交響曲第9番ニ短調 合唱付」
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ベートーヴェン「交響曲第9番ニ短調 合唱付」
バーンスタイン指揮ウィーン・フィルハーモニー

Deutsche Grammophon (2枚組)
1979年9月、円熟期のバーンスタインによるライヴ録音。しかも第9「合唱付」と同時期に作曲されたベートーヴェン晩年の名作「ミサ・ソレムニス(荘厳ミサ曲)」とカップリングされた2枚組廉価盤。LP時代だったら4枚組になっているところを、これで税込1500円ぽっきりという大変お求めやすい価格なうえに、アマゾンだったら送料無料、通常24時間以内に発送可能、今すぐ注文すれば年末までには届く。やっぱり年越しは「第九」でしょう!

反省するは我にあり

年が明けたら「大工」を呼んで、煙突付きの暖炉を取ッ払ってしまうことにした。

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