soe006 特別企画 続・小ネタ三題

この日記のようなものは、すべてフィクションです。
登場する人物、団体、裏の組織等はすべて架空のものです。ご了承ください。

「特別企画 小ネタ三題」の続編です。
未読の方は、まず正編から先にお読みください。

連続更新11日目達成記念特別企画 続・小ネタ三題

March 11, 2006

長い刑務所暮らしを真面目に勤めあげ、ようやく仮釈放が認められた。
出所したものの、出迎えてくれる者は誰もいない。親も兄弟も、親戚や知人も、みんなおれに愛想を尽かして、縁を切ってしまった。
仕方ないことだ。
弁護士さんも言っていた。
「あなたのやったことは、とても凶悪な犯罪です。どんなに弁護の手を尽くしても、死刑か無期懲役、他の判決はまず望めません。裁判が始まる前に、まずこれだけは覚悟しておいてください」
それだけの大罪を、おれは犯したのだ。出迎えなどあるはずがない。
胸のポケットから、1枚の紙切れを出す。
これからお世話になる保護司さんの住所と電話番号が書いてある。
今日中に連絡を取って挨拶しておこう……などと考えていると、1台の乗用車がやってきて、おれの前で停まった。
運転席から、女が降りて、おれに向かって微笑んだ。
誰だろう? 一度も会ったことのない女だった。

「いま出てきたの?」
「うん」と、おれは頷いた。
女は若くも見えるし、相当の年増のようにも見える。化粧はケバ過ぎないほどに濃く、スタイルは震いつきたくなるくらいに素晴らしい。
年齢不詳の謎の女の登場に、おれは作者のミステリ趣味を感じた。
「私が誰だか分かる?」
「いや」
おれは正直に首を振った。
「どう、私に興味ある?」
女は顎をやや上向きにして胸を前に突き出した。
目尻と口許に好色な媚びを浮かべている。
こいつ、おれを誘っていやがる。
「どうなの?」
おれは、ごくりと生唾を呑み、こくりと頷いた。
女は唐突に笑いだし、運転席に戻った。
当然乗せてもらえるものと思って助手席のドアに回ったが、ロックされていて開かない。
女はおれにかまうことなくエンジンをかけ、乱暴にアクセルを踏むと、そのまま走り去ってしまった。

なんだったんだ、あの女?
おれはポカンと口を開けたまま、遠ざかってゆく乗用車を見送った。

「勝った、勝った、ざまあみろ!」
女はハンドルを握ったまま、「勝った、勝った」と連呼し、けたたましく笑った。
18年前、誘拐犯人に与えられた屈辱を晴らし、心の底から満足して笑い続けた。

昔はよかったなあ。

昔の道具は、見ればすぐにそれと分かるようなカタチをしていた。
刃物は刃物のカタチだったし、金槌は金槌のカタチをしていた。
それで切ったり削ったり、それで叩いたり。使い方がカタチで分かった。

それが今では、どんなものでもボタンと液晶画面だ。
ボタンをポチポチ押せば、結果が液晶に表示される。実際、中がどのような仕組みになっているのか、サッパリわからない。何に使う物なのかも、見ただけじゃまったく見当がつかない。
仕方ない。それが文明というものなのだ。
こっちが道具に合わせなきゃ、取り残されてしまう。
それが時代の流れってやつなのだ。

……などと考えながら散歩していたら、また見知らぬ場所に来てしまった。
最近はこういうことがよくある。仕方ない。孫に迎えに来てもらおう。
なんだかんだ言ったって、やはり道具は便利だ。こうやってポチポチとボタンを押すだけで、線もつながっていないのに自宅と連絡がとれるのだから。

「もしもーし、もしもーし」
出ない。
また間違えて押してしまったようだ。
どうしてこんなにボタンが小さいんだ。もっと大きく作ればよいではないか。視力の衰えた老人には不便極まりない。おしゃれで可愛くないと売れないのは分かる。分かるが、もっと年寄りに優しい、大きなボタンのものを作って欲しい。メールとか動画配信とか、そんな多機能なのは必要ない。どうせ使い方を覚えられないんだから。
せめてボタンだけはもっと大きなものを……

えーっと、0、0、3、3……また間違えた。なんでこんなに番号が長ったらしいんだ。3桁くらいじゃないと覚えられないよ。覚えていても、押してる間につい間違えてしまう。せめて5桁にして欲しい……孫が短縮ボタンがなんとか言ってたが、短縮ってなんだ? 6を半分短くして3にするってことか? いや、そうじゃないだろう。よく分からんけど……えーっと、ポチ、ポチ、ポチ……
うーん、つながらない。

「おかあさん、テレビのリモコン、どこ?」
「いつものとこ、テーブルの上に置いてあるでしょ?」
「ないよ。テーブルにあるのは、おじいちゃんの携帯電話だけだ」

老人は、「ちぃ、また間違えた」などと呟きながら、腱鞘炎で震える指先で、繰り返しボタンを押し続けた。
いつの間にか陽が落ち、辺りは薄暗くなっても、老人はひたすらボタンを押し続けていた。

「社長、ついに完成しました、おしゃべりドア・シリーズ第2弾! おしゃべりお風呂のドア。バスルームでの異常な死亡率の高さに着目して研究開発した、ハイテクノロジー商品です。まずノックするでしょう、するとここに組み込んであるセンサーが、その人の体温、脈拍、血圧などを測定して、いまお風呂に入って大丈夫なのか診断してくれるというスグレモノです。ねっ、凄いでしょう。さっそく特許申請して商品化しましょう。なにしろ高齢化社会ですからね、大ヒット間違いありません。絶対の自信作です」
「うーん」
「どうしたんです? こういう技術は先手必勝、ぼやぼやしてたらライバル会社に先を越されちゃいますよ!」
「ダメだ、商品化は見送りだ」
「どうしてですか、社長? 理由を、ぜひ理由を聞かせてください」
「理由はだな……うちの会長がまだ生きてるからだよ」

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