ガーシュウィン:パリのアメリカ人

ジョージ・ガーシュウィン:パリのアメリカ人

October 16, 2007

ガーシュウィンの代表作にして、20世紀アメリカ音楽の大傑作。

「ラプソディー・イン・ブルー」(1924年)や「ピアノ協奏曲 ヘ調」(1925年)では過大評価気味だったジョージ・ガーシュウィンの面目躍如。
前2作では明らかに欠如していた、形式への発展技法、管弦楽法の知識を、(ガーシュウィン流に)修得した成果といえるでしょう。
作曲家自身のピアノ独奏を前提として書かれた前2作とは異なり、管弦楽の愉しさに徹したのが成功の要因かも。
ブルース風、チャールストン風の(極めてアメリカ的な)主題も効果的に組み込まれ、カラフルな管弦楽作品として完成しています。

「ラプソディー・イン・ブルー」と「ピアノ協奏曲 ヘ調」の興行的成功により、ティン・パン・アレーのソングライターからクラシックの殿堂カーネギー・ホールへ足をふみいれた音楽家として、華やかな転身を果たしたガーシュウィンでしたが……フォーマルなコンサート用の作品ばかりが彼の世界ではなく……名前がクローズアップされるにつれ、以前に増してミュージカル作曲家としての意欲に燃えていました。
1927年は、ジョージ・S・コーフマン原作の『ストライク・アップ・ザ・バンド』、『オー・ケイ!』のロンドン公演、アステア姉弟のための新作『ファニー・フェイス』(最初は『うぬぼれ屋 Suarty』というタイトルだった)、フローレンツ・ジーグフェルド制作の『ロザリー』にも7曲を提供(これはボツになっていた曲を再利用)。
また、デュボース・ヘイワード原作の『ポーギィ』とS・アンスキー原作の『悪霊』のオペラ化も計画。幾つかのメロディをメモったりもしていました。

とにかく、ジョージ・ガーシュウィンは忙しい。
残りの人生がもう10年をきっている、なんて自覚はなかっただろうけど、「ラプソディー・イン・ブルー」以後のジョージは、生き急いでいるような感じがしてなりません。

翌1928年3月7日、初めてアメリカを訪れたモーリス・ラヴェルが、ニューヨークで53歳のバースディ・パーティを催し、誕生祝いにガーシュウィンがピアノを披露した、という挿話は前回も書きましたけど……このラヴェルとの邂逅がかなり刺激になったらしく……わずか4日後の3月11日、突然嵐の如く、ヨーロッパ旅行に出掛けてしまいます。
同行者は、兄のアイラ(作詞家)、アイラの妻リー、妹のフランシス(歌手・女優)、その婚約者のレオポルド・ゴドフスキーJr(あの有名なピアニストの息子で、本人はヴァイオリニスト。コダック・カラーフィルムの発明者でもある)。
この時代、アメリカ人が海外旅行する目的のひとつに、「酒飲み」という行為があります。禁酒法やってましたからね、当時のアメリカは。
それはさておき……
最初の滞在先ロンドンでは、英国王様ジョージ5世はじめ、マウントバッテン卿夫妻などと会い、『オー・ケイ!』のロンドン公演千秋楽も観に行き……次の滞在先パリでも、パーティ、コンサート、インタビューに追われ、その間、ダリユス・ミヨー、イーゴリ・ストラヴィンスキー、セルゲイ・プロコフィエフ、ジョルジュ・オーリック、フランシス・プーランクなどの音楽家とも会い、ラヴェルとも再会し、「ピアノ協奏曲 ヘ調」に続いてニューヨーク交響楽団から依頼されていたフォーマル・コンサート用の新曲の構想も練りつつ、タクシーのラッパを買い集めたりして、当時パリ在住だった新進ソングライターのコール・ポーターとも会い、振付師アントン・ドーリン(ロシアバレエ団)によるピアノ版「ラプソディー・イン・ブルー」を用いたバレエの初演(4月16日)も観に行くし、翌月には同じシャンゼリゼ劇場にて、「ピアノ協奏曲 ヘ調」のヨーロッパ初演も観に行くし、新曲を書き始めたホテルには、前触れもなくイギリスの作曲家ウィリアム・ウォルトンがやってくるし、同様に唐突に現れたレオポルド・ストコフスキーは、書きかけの楽譜をみて、「俺にやらせろ!」と申し込み、初演の指揮者がダムロッシュに決まっていると知ると、楽譜を床に散らかしたまま帰っちゃうし、ブロードウェイの大物興行師ジーグフェルドからはエディー・カンター主演の新作ミュージカルを書けと電報がくるし、それを断ると、じゃ別のでいいからショーの曲を書けとまた電報、仕方なくガートルード・ローレンスの新作『トレジャー・ガール』が終わってからならオッケと返事すると、今度は去年興行不振なまま公演を終えたミュージカル『ストライク・アップ・ザ・バンド』のプロデューサー、エドガー・セルウィンから、『ストライク』再演のための直しをやるから何曲か書けと督促の電報がくるし、5月末になってようやくパリを離れたガーシュウィン一行は、次の滞在先ウィーンでも、オペラを聴きにいったり、アルバン・ベルクのアパートに招かれ「抒情組曲」を聴かされたり、そのお礼にポピュラーソングをピアノで弾いたり、ヨハン・シュトラウス未亡人からは法外な高値で「こうもり」のオリジナル楽譜を買わされそうになったり、オペレッタの花形歌手たちとお喋りしたり……その隙間をぬって、浴びるほどの酒を飲んだろうけど。
6月20日、100日ぶりに帰国。

お土産は……ドビュッシーの作品集が8冊、パリのタクシーで使われていた警笛ラッパ数本、書きかけの楽譜。

ガーシュウィンは、11月に幕が開くミュージカル『トレジャー・ガール』と、年末に予定されているニューヨーク交響楽団のための新曲を平行して書き始める。
11月8日に開幕した『トレジャー・ガール』は失敗。68回上演したのち、新年を迎える前に打ち切り決定。
一方、フォーマル・コンサート用の新曲は、8月1日に2台ピアノ版のスコアを書き上げ、11月18日にフルスコアを完成。
ガーシュウィンは、当初この新作を「交響詩」と表現していた。

実際はラプソディ風のバレエと呼べる今回の新曲は、まったく自由なスタイルで作られており、私にとってはこれまでで最も現代的な音楽であります。パリを訪れたアメリカ人が街を歩き回り、通りの喧噪を耳にし、フランスの空気を呼吸する、そのときの印象を音楽化したものです。冒頭の陽気な部分に続いて、強いリズムでブルースが奏でられます。アメリカ人はカフェでくつろいだあと、ホームシックにおそわれます。このパートではハーモニーは前よりも単純化されていますが、より強力になっています。ブルースはクライマックスを迎えたのち、コーダに続きます。そこで序奏部の華やかでイキイキとした、パリの印象が再度表現されます。

ジョージ・ガーシュウィン

パリのアメリカ人」は、1928年12月13日、カーネギー・ホールにて初演。演奏は、ウォルター・ダムロッシュ指揮ニューヨーク交響楽団。

楽器編成は、フルート3(1人はピッコロ持ち替え)、オーボエ2、イングリッシュ・ホルン、クラリネット2、バス・クラリネット、サクソフォーン3(アルト、テナー、バリトン)、ファゴット2、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、打楽器多数(スネア、バスドラ、シンバル、ラットル、トライアングル、トムトム、木琴、ワイヤーブラシ、ウッドブロック、グロッケンシュピーゲル、タクシー・ラッパ4本など)、チェレスタ、弦5部。
演奏時間は約17分。

初演当日のプログラムは……フランク「交響曲ニ短調」、ルクー「管弦楽のためのアダージョ」、ガーシュウィン「パリのアメリカ人」、ワーグナー「ワルキューレ」より「魔の炎の音楽」。

批評家の意見はまっぷたつに割れたが、フランス六人組のひとり、フランシス・プーランクは、20世紀に作られた音楽のなかで好きな曲のひとつとして「パリのアメリカ人」を選んでいます。
音楽に精神性とか求めている人には、無縁の作品かも知れません。
何度も結婚の機会があったのに、生涯独身で売春宿通いを続けていたジョージ・ガーシュウィンには、精神性などアタマの片隅にも無かったのかも。
もしかしたら、精神性がなきゃいけない部分に、他の何かが詰まっていたのかも知れません。

推薦ディスクは、この曲を得意としていたアーサー・フィードラー指揮のボストン・ポップス管弦楽団。ダイナミックでカラフル。オケがメチャメチャ巧いんです! 録音状態も優秀です。

ガーシュウィン作品集
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ガーシュウィン作品集

アール・ワイルド(ピアノ独奏)
アーサー・フィードラー 指揮
ボストン・ポップス管弦楽団

01 ラプソディー・イン・ブルー
02 ピアノ協奏曲 ヘ調
03 パリのアメリカ人
04 アイ・ガット・リズム変奏曲

RCA/輸入盤 1959-61年 ステレオ録音

1951年にMGMで製作された『巴里のアメリカ人』は、ガーシュウィン・ナンバー11曲を使用したミュージカル映画。フランス近代絵画を用いた背景に、「パリのアメリカ人」をノーカットで使った17分のバレエ場面が圧巻! 振付はジーン・ケリー、監督はブロードウェイの舞台監督出身で、ジョージの友人でもあったヴィンセント・ミネリ。
ジョージとは因縁浅からぬ(一時は同居していたこともある)オスカー・レヴァントも、売れない作曲家役で出演。「ピアノ協奏曲 ヘ調」を1人で演奏しています。
ジョージ&アイラ・コンビの最初のヒット曲となった「楽園への階段を昇ろう I'll Build A Stairway to Paradise」を唄うのは、ジョルジュ・ゲタリー。

巴里のアメリカ人
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巴里のアメリカ人
An American in Paris

1951年/アメリカ/113分
製作:アーサー・フリード
脚本:アラン・ジェイ・ラーナー
監督:ヴィンセント・ミネリ
撮影:アルフレッド・ギルクス、ジョン・アルトン
音楽:ジョージ・ガーシュウィン
音楽監督:ジョニー・グリーン、ソウル・チャップリン
出演:ジーン・ケリー、レスリー・キャロン、オスカー・レヴァント、ジョルジュ・ゲタリー、ニナ・フォッシュ

アカデミー作品賞・オリジナル脚本賞・衣装デザイン賞・ミュージカル音楽賞・美術監督賞・撮影賞・セット装飾賞

1959年に映画化された『ポギーとベス』は、遺族がそのすべての権利を買い戻し、存在するプリントをすべて焼却処分してしまいましたが……『巴里のアメリカ人』の出来映えには、アイラも大満足だったとのことです。

1937年7月11日、午前10時35分、ジョージ・ガーシュウィン死去。

昏睡状態に陥ったジョージを救うため、ホワイトハウスからホットラインで海軍の駆逐艦2隻に出動命令が出され、バカンス中だったウォルター・ダンディ博士のヨットを捜索。全米の脳神経外科の権威たちが総出で手術にあたったが、脳腫瘍は手のつけられない状況にまでになっていた。
オスカー・レヴァントは、1937年9月8日、ハリウッドボウルで追悼演奏会を開催。7人の指揮者、6人の歌手、2人のピアニストとフル・オーケストラが出演する大規模なコンサートには、2万2千人の観衆が集まり、その模様はCBSによって全米に放送された。
兄の作詞家アイラ・ガーシュウィンは、ジョージの遺品(未発表曲や未完の作品)を整理した。そのなかには、後年ハリウッド映画で使用された曲もあります。

ジョージ・ガーシュウィンという人間は、物語にしやすい人物ですね。
貧しい家庭に生まれ、自身の才覚だけを頼りに頂点にたった男。
アメリカン・ドリーム、アメリカン・ヒーローの典型。

20世紀に誕生した、アメリカ神話のひとつです。

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