soe006 日本映画について 其の惨

この日記のようなものは、すべてフィクションです。
登場する人物、団体、裏の組織等はすべて架空のものです。ご了承ください。

日本映画について 其の惨

May 4, 2004

年に1〜2本しか映画を観ない人には関係ないかもしれませんが、年間30〜100本と観ている人にとっては、映画代もけっこうな出費になります。
近年は映画館も必死で、なんとか動員を増やそうと、ファーストデイ、レディースデイ、モーニング割引、レイトショー割引、リピート割引……いろんな割引サービスを行うようになりました。
前売り券も、値引きだけが目的だと、以前ほどメリットを感じなくなりました。
半券を文庫本の栞として使っているので、俺は好きですけどね。前売り券。

前に書いたように興行収入の取り分は、映画館と配給会社の間で、作品毎に異なった契約がなされています。ヒット性の高い作品は劇場側も欲しくてたまらない。配給会社70パーセント、劇場側30パーセントというような不利な条件でも、客席が満杯になるのであれば契約したい。配給会社は映画が高く売れれば、出来が良かろうが悪かろうが関係ない。
宣伝は映画完成前からスタートしているので、製作発表の時点ではスッゲー期待が寄せられていた作品が、いざ完成してみると、ど〜しようもないショボイ映画になっているケースもある。
完成試写を観た興行主が、「こないなけったいな写真、よくも70/30で契約しやがって!」と腹を立てることだってある。そんなときは柔軟に契約内容を変更したりもするのだが、立派な映画が必ずヒットするとは限らないし、興行的成功と作品の出来不出来はあまり関係ないと、過去の歴史は語っている。

前売り券の売れ行きは、興行を予測するうえで一つの指針となる。

配給会社は、前売り券の売れ行きが好調な作品は強気(劇場数を増やし、テレビCMや新聞広告を増やし)で売り込み、サッパリなときは傷口を拡げないよう、潔く撤退(上映期間を短くしたり、劇場のランクを落としたり、宣伝を縮小して次の映画の手配をしたり)する。
前売り券の売れ行きは、映画館側との交渉を優位に進める材料としても用いられる。
売れ行きが良ければ50/50の契約を、60/40にも、70/30にも交渉できる。
だから、配給会社はなるべく多くの前売り券を売っておきたい。
親子券、ペア券で更に割引率を高くしてみたり、携帯ストラップやピンバッヂなどのオマケを付けて購買欲をそそったり……観客にはささやかな値引きやオマケだが、配給会社にとっては、収益を直接左右する重要なアイテムなわけだ。

景品の発注や前売り券の印刷も、配給会社の仕事。各館に配っていた前売り券が売れ行き好調で品切れになりそうな場合は、印刷所に追加注文しなきゃならない。
これが公開3日前だったら、どうする? 印刷するのしないの? 何枚くらい印刷するの? 他の映画館の状況は? 特定の映画館だけで品切れになった場合、その原因調査と分析もやっておかねばならない。
こうした細かい対応ができるノウハウを、配給会社は持っている。
ポスターやチラシのデザイン、宣伝コピー(キャッチフレーズ)、宣伝方針(主演俳優で売るのか、監督で売るのか、作品のテーマで売るのか、それともモチーフで売るのか)……すべて最終的な決断を下すのは配給会社の仕事だ。

『グリーン・カード』(1990年)という映画がある。
グリーン・カード(居住資格)を得るため偽装結婚したフランス人男性とアメリカ人女性が、いつしか恋に落ちていくロマンティック・コメディだ。
監督は『刑事ジョン・ブック 目撃者』や『モスキート・コースト』や『いまを生きる』のピーター・ウェアー。主演はジェラール・ドパルデューとアンディ・マクドウェル。 作品の出来は良い。ストーリーは面白いし、役者の演技も巧い。観終わった後の余韻も心地よい。試写の反応も良かった。ほとんどの人が満足できる内容だ。……ところがこの映画、宣伝のキーとなるものを一つに絞りにくい。
ピーター・ウェアーはスピルバーグやジェームズ・キャメロンのような大ヒット作を連発している監督ではない。主演の二人も巧い俳優だが日本での知名度は低い。モチーフとなっているグリーン・カードは、不正入国が社会問題となっているアメリカの現状を扱っているが、日本人にはピンとこない(いまは日本でも問題視されているが、当時は海の向こう側の出来事でしかなかった)。それに作品のスタイルはロマンチック・コメディだから、社会派映画として売ったのでは、作品本来の面白さを伝えることが難しくなる。
個人が映画のどこを気に入ったか、などという感想ではなく、一般の人たちに作品を注目してもらうためにはどこをアピールしたら良いか。それを選択し決定するのが、配給会社/宣伝マンの腕の見せ所。
「とにかく良い映画だから観てください」では、話にならない。
どこがどう良いのか、この映画の魅力を(特に映画に興味のない)世間の人たちに、簡潔に伝えなきゃならない。

公開日をいつにするかも重要(これも配給会社の仕事)。
同じ日に同じような内容の映画が封切られたのでは、観客が分散してしまう。
大ヒットが約束されている映画と同じ日に公開したら惨敗するのは目に見えている。
(この年の8月には『ターミネーター2』が公開を控えていた)

『グリーン・カード』は1990年の製作だが、日本公開は翌91年の7月26日。劇場は丸の内ピカデリー1、他。同日、他に7本の映画が封切られたが、いづれもインデペンデント系の単館上映で、メジャー製作の一般映画はこの作品だけ。同時期上映されていた映画は『バックドラフト』、『シザーハンズ』、『ロビン・フッド』、『リトル・マーメイド人魚姫』などで、競合するような作品は1本もなく、封切り日としては申し分ないものだった。
配給会社(WB)は、「大都会ニューヨークを舞台にしたお洒落な恋愛映画」の路線で宣伝を展開、正月にヒットさせた『プリティ・ウーマン』と同様の配収を目標にしたのだが……

1991年度の配給収入第1位は『ターミネーター2』(52億)、2位は『ホーム・アローン』(33億)、3位は『プリティ・ウーマン』(31億)……『グリーン・カード』は25位(3億7000万円)の成績に終わった。
注:当時の成績は、興行収入ではなく配給収入で発表されていた。

はっきり断言しておく。
映画がヒットするか否かは、配給会社しだいだ。
製作、興行とは、あまり関係ない。
(宣伝については、ジャーナリズムとの関連で、また別の機会に改めて書く)

話を戻す。
前売り券には2種類ある。
券の下の方、劇場の入口でもぎられてしまう部分に、使用できる劇場名(または劇場チェーン)が指定されているものと、上映期間中は全国どこの劇場でも使用できる全国共通前売り券の2種類だ。
普通、劇場窓口で発売している前売り券には、その劇場名が印刷してあり、他の映画館では使用できないようになっている。ウチで売った券を他の映画館に取られてたまるか、という映画館主の自衛策だ。配給会社は全国一律どこでも使える共通券に統一してしまえば印刷の手間も省けるのだが、各々の映画館との付き合いもあるし、窓口で販売される前売り券には、面倒でもそれぞれの劇場名を印刷して配ることが慣例となっている。

もう一つの方、全国共通券は……金券ショップで安売りされているのを、よく見かける。
テレビや新聞・雑誌の愛読者プレゼントとして配られるのも、こちらの全国共通券だ。

さて、話は突如として変わるが……
絶対に赤字にならない、損しない。そんな都合のよい映画の作り方、公開の仕方であ〜る。

……って、ここまで前フリやってりゃ、誰だって察しがつきますよね。
そうですそうです……映画の製作前に、大量の前売り券を印刷して、それを一括して売り捌いちゃうわけです。
100万枚の前売り券を印刷すると、1300X100万=13億円
ここから劇場の取り分と配給会社の取り分と、プリント代+広告/宣伝の実費を差し引いた金額を、映画の製作費とするわけです。
この方法だと、誰一人、ビタ一文損することはありません。

えっ、100万枚もまとめて買ってくれる人なんかいない?

100万枚をプレイガイドの窓口に、ポンと置いていても、絶対に売れません。製作費の捻出どころか、前売り券の印刷代だってペイできないでしょう。100万枚を買っていただくのは、総合商社とか宗教団体などの巨大な組織であります。
バブル崩壊後、大企業はシブチンになってしまいなかなか銭を吐き出そうとしませんが、宗教団体は不況知らず(不況の時ほど銭が集まる?)なので、まだまだ見込みはあります。

1973年度配給収入第2位『人間◯命』(東宝配給−11億9320万)、1976年度配給収入第1位『続 人間◯命』(東宝配給−16億700万)……素晴らしい好成績です。
近年も、2000年度興行収入第8位に『◯陽の法 エル・カ◯ターレへの道』(東映配給−14億8000万)、2003年度興行収入第10位に『◯金の法 エル・カ◯ターレの歴史観』(東映配給−17億)がランクインしております。

宗教団体とは相性が悪いって人は、別のところに売りつけましょう。
テレビ局、新聞社、出版社、家電メーカー、レコード会社、芸能プロダクション、デパート、スーパー、近所の八百屋さん……銭を持っていそうなところに、バンバン売ってしまいましょう!
100万枚を1つのところで買って戴かなくてもいいんです。テレビ局に50万枚、新聞社に20万枚、出版社に15万枚、家電メーカーに10万枚、レコード会社に2万枚、芸能プロダクションに1万枚、デパート、スーパーに各々9950枚、近所の八百屋さんに100枚。分散させれば(営業努力次第で)全部売れてしまいます。

日本映画のクレジット・タイトル、最後まで見ている人はご存知のとおり、現在製作されている映画で、テレビ局が製作に絡んでいない映画は、ほとんどありません。
お茶の間の場面をよく見てください。部屋に置いてある家電品は、すべて一社の製品で揃えてありませんでしたか?
映画の内容にまったくそぐわない歌謡曲が、ラストに流れていませんでしたか?
製作協力(または撮影協力)として、ご近所の商店の名前がクレジット・タイトルに並んでいるのをご覧になった方も多いでしょう。

この大量前売り券システムを導入すると、製作、配給、興行、それぞれのパートに素晴らしい恩恵があります。
まず製作者は借金の心配をしなくて済む。単独出資では考えられないような大作だって作れるし、デパートでロケしたいときは、前売り券を買ってくれたデパートが喜んで場所を提供してくれる。小道具で家電品が必要なときも、いちいち買わずに済む。服飾メーカーがスポンサーについていれば、衣装代だってタダ同然。
それらで浮いた予算を他の事に使えるから贅沢な映画ができる。
配給会社は、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌などのメディアが大量に宣伝してくれるので、宣伝費を節約できる。
夢のようなシステムであります。

さて、このようにして大量に売られた前売り券は、企業や団体の組織力によって、世間にバラまかれる。主にその企業や団体に所属している人が、半ば強制的にノルマとして買わされることになる。
テレビ・ラジオの視聴者プレゼント、雑誌の愛読者プレゼント、新聞勧誘員の「奥さん、いま三ヶ月購読に契約してもらうと映画の招待券が3枚もついてきますよ」、デパートの「1万円以上お買い上げの方に映画招待券をプレゼント」……などという販売促進用の粗品として用いられたりもする。
だから、この種の前売り券は、全国どこの劇場でも使用できる全国共通券として印刷されている。

しかし、この前売り券を手にした人が実際に映画館に足を運んで映画を観ているかというと、それはまた別のおはなし。
ほとんどがタンスの引きだしに仕舞われたままになったり、金券屋に売られたりしているのが実情。
テレビでバンバン宣伝されている絶賛大ヒット上映中の前売り券が、500円で金券屋に売られていた。たいして面白くもなさそうだけど、時間もあるし、1800円の映画が500円で観られるのなら安い買い物だ。暇潰しに観てみるか……ところが、入った映画館はガラガラ。

おいおい、これ、ほんとに大ヒットしてるの?
……って言うか、こんなにガラガラじゃ劇場は大赤字だろ?

そんな疑問にお答えする、興行収入・数字のマジック(からくり)は、また次の機会に……

最後に、
この素晴らしい大量前売りシステムは日本独自のもので、前売り制度のないアメリカにはありません。ニッポン万歳!

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