soe006 日本映画について 其の碌

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日本映画について 其の碌

May 7, 2004

大量前売り券システムで世間にばらまかれた前売り券は、観客のニーズによって売れたものではないので、タンスに仕舞われたり金券ショップに安売りされたりする。
(売れ残った前売り券は、ただの紙屑となる)
販売されたけど実際に劇場で使われなかった前売り券は、タンス券と呼ばれている。 逆に劇場で使用された前売り券は、着券と呼ばれ、着券率の高低は宣伝と映画の内容に関わっている。
結局、面白いと思える映画、興味を引く映画しか人は観ようとしない。
タダ券を貰ったって、『◯金の法 エル・カ◯ターレの歴史観』を観るために、わざわざ劇場に足を運ぶ人はいない(と思う)。

タンスで眠っていようが金券ショップで紙屑予備軍として扱われていようが、売れたものは配給会社の収入であり、公表しなければ税務署から睨まれる。
また前売り券は、劇場収入を保証した金額ぶんの枚数が印刷されているので、これも上映劇場毎に振り分けられ、公表される。
ところが……それらの数字が公表される際には、我が国の映画業界が総力をあげて考案した独特のアイディア、数字のマジックが施されているのであ〜る。

映画の興行成績が注目されるのは、初日と第1週の劇場動員数(興行収入)だ。
世間の人たちは、この数字を見て、映画がヒットしているかコケているか判断する。ヒットしていれば、それほど興味のなかった人も映画に注目し、「ちょっと見てみようかな」という気にもなる。コケていたら、興味を持っていた人も「やっぱり面白くないんだな、この映画はやめて他のにしよう」と心変わりしてしまう。
初日と第1週の劇場動員数は、呼び水である。多ければ多いほど効果がある。

そこで、劇場は配給会社と組んで、数字に細工を施す。
自分の劇場に割り当てられた(前売り券の)枚数のほとんどを、初日と第1週の動員数として発表するのだ。

これが、劇場はガラガラなのに、絶賛大ヒット上映中や初日動員新記録達成!と新聞や雑誌、テレビなどの情報番組が報道している、ミステリーの種明かしだ。

呼び水効果が成功し、割り当てられた前売り収入にプラス・アルファをもたらす(本当にヒットしてしまう)ことだって無きにしも非ず(←配給会社や劇場はそれを期待している)。
作品の出来が良ければ、なにも問題はない。観客は満足し、配給会社も劇場も儲かる。
大量前売りシステムや数字のマジックは、必ずしも悪いことではない。

映画がツマラナイ作品だったら……それは数字のマジックに引っ掛かってしまったあなたがバカだったのだ。ヒットしている映画がすべて観る価値のある映画だとは限らない。
映画興行100年の歴史が繰り返しやってきたことなのに、いまだに数字を信仰して映画鑑賞選択の参考にしているあなたが、バカなのだ。

補足すると……近年、盛んに行われるようになった先行(先々行)レイトショーの数字も、同じ理由から、初日動員に加算されて公表されている。

さて、映画館はそれぞれに週アベ(週アベレージ)という数字を持っている。
この数字は、年間売上を52(週)で割ったもので、劇場のランク付けに用いられる。
例えば有楽町マリオンにある日本劇場は、(少し古い数字で恐縮だが)1990年度、98万人の動員、15億2000万円の売上で、週アベは2923万円。劇場キャパ(座席)が約1000席だから、1席あたりの週アベは29230円。
1席あたりの週アベを、1日4回上映・平均入場料(1300円)で割った数字が0.8。
これが劇場の稼働率で、平均すると常時定員の80パーセントの観客が入場していることになり、日本一の映画館とランク付けされる。
逆に、年間売上が劇場の運営費(=維持管理・設備投資の減価償却を含む)にも満たない(赤字経営の)映画館は、それら年間運営費を52週で割った数字を、週アベの代わりの数字としているところもある。

ビデオの販売促進を目的とした映画を上映する場合、劇場は週アベを基にして算出した金額を、保証金として契約の条件に加える。
売上が週アベの金額に満たなかった場合、劇場は保証金を配給元に請求して収入とする。

先に述べた大量前売りシステムでの劇場収入も、この週アベをもとに、各劇場に配分されている。

このような特別の契約を交わしているので、ビデオの販売促進を目的としたデモ上映で、たとえ客席がガラガラであったとしても、劇場側は自分の腹が痛むということはない。 客の入りが悪くても、涼しい顔をしていられるわけだ。
予想外にヒットしてくれれば儲けもの。絶対損しない博打(ばくち)といえる。

映画ビジネスは(野球と同じで)、打率3割で大成功だと言われている。10本公開したうちの3本がヒットすれば、採算が採れるということだ。都会でコケた映画は、地方でもコケている(……というか、商売にならない)。それらコケた7本のマイナスを、3本のヒット映画で一気にカバーする。
10年前の松竹は、『男はつらいよ』と『釣りバカ日誌』の2本立て(1番組)だけで、全体(年間の売上)をカバーしていた。
儲かるときはメチャメチャ儲かるのが映画だ。

興収全体の、約50パーセントは東京と大阪の主要な映画館(マリオンなど)が稼いでいる。札幌・名古屋・福岡などの9大都市を含めると、全体の70パーセントが都市圏の映画館による稼ぎである。
だからといって地方の映画館を切り捨ててしまったら、映画会社はマーケットを失ってしまう。

例えば、大コケの映画で、1回の入場者数が5人/1日4回上映だった場合。10館上映では200人の動員/26万円の興収(配収13万円)にしかならないが、100館上映だった場合は、2000人の動員/260万円の興収(配収130万円)になる。
大ヒットした場合、利益は10倍!
窓口(劇場)は多いに越したことはない。

そこで、映画会社は(劇場の保護政策として)、配収のパーセンテージを微妙に操作して、ブッキング契約している劇場が潰れないような対策をとっている。
劇場側の取り分は売上の50パーセントが標準的かつ常識的な数字だと前に書いた。
しかし、それが絶対的な数字として強制されているわけではない。
そんなことをしていたら地方の映画館は完全消滅してしまう。

ブロック・ブッキング方式で配給された映画を上映している映画館も、独立経営の映画館と同じように、作品(番組)毎に契約を交わしているが、週アベは、契約交渉の際の参考としても用いられている。
「先月の『助太刀屋助六』、サッパリだったよ。週アベの20パーセント以下、これじゃやっていけないよ」
「分かりました、じゃぁ今度の『ドラえもん』は配収40にしときましょう。春休みだし、これは親子連れがかなり入りますよ」
「そうしてもらうとウチも助かるなぁ」……そんなやりとりが、交わされる。
1本立て興行で客の入りが悪い場合、過去のヒット作品を無償で貸してくれることもある。(地方の映画館は1本立てよりも、2本立てのほうがお客が入る)
このような柔軟な対応は独占上映契約の信用があるから出来ることで、作品毎にあちこちから作品を買い漁っているような映画館では、無理だ。
ブロック・ブッキング方式で経営している地方の映画館が、なんとか生き延びてこられた理由は、ここにあった。

これら劇場毎に交わされる細やかで柔軟な契約変更は、表には絶対に出てこない。
「あっちは40で契約してるのに、50ってのは何事だ! ウチは35にしとけ!」
他の劇場主にバレたら、トラブルを招いてしまう。
個々の劇場との交渉は、配給会社内部で秘かに処理され、門外不出。 他の劇場を経営する興行主にも秘密とされているのだから、一般のお客が知ることもない。
客席はいつもガラガラなのに、これでよく商売やっているなぁ、と不思議に思うだけ。

とりあえずの結論……
映画産業は右肩下がりにジリ貧となっていながらも、最低収入を保証されたり、ブロック・ブッキングの保護を受けて、邦画の劇場経営者はぬるま湯に浸かっていた。(←過去形

なぜ過去形なのかは、あらためて次の機会に……

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