チャップリンの映画音楽(2)

チャップリンの映画音楽(2)

July 30, 2005

はい、みなさん今晩は。またお会いしました。
今夜は、チャップリンの音楽についての続きです。
おや、あんた枕なんか出してどうするの?
退屈したらいつでも寝られるように用意しておく?
まぁ、イヤラシイね。はい、そういうわけで嫌味な人がひとりいますけど、今夜もいっしょに楽しんでくださいね。

1927年10月6日、ワーナー・ブラザース社がニューヨークで封切った『ジャズ・シンガー』は大ヒットとなりました。このときはまだ一部の台詞しか声が聞けません。パート・トーキーです。それが大ヒットして、翌年(1928年)にフル・トーキーの『ニューヨークの灯火』が作られました。トーキー映画のヒットによって業績をあげたワーナーは、大手のファースト・ナショナル社を1929年に吸収、メジャー映画会社のトップに躍り出たんですね。
負けてはおれん、ということで世界中の映画会社が、トーキーに乗りだしました。MGM社は、1929年に『ブロードウェイ・メロディ』というのを作りました。歌とダンスを全編に散りばめたレビュー映画です。これが大当たりとなって、シリーズ化されました。以後、MGMは楽しい音楽とダンス、豪華な衣装と舞台美術を売り物にしたミュージカル映画を量産してゆきます。パラマウントはエルンスト・ルビッチ監督の『ラヴ・パレイド』(1929年)、RKOラジオ映画は『リオ・リタ』(1929年)と、沢山のトーキー映画が作られ、ヒットしました。
『ジャズ・シンガー』以前にもトーキーは作られていましたが、当時の映画関係者は、「トーキーなんてものは一時の流行でしかないよ」と軽くみていたんですね。サイレント映画の技法は、もう完成されていましたし。それがもう、もの凄い勢いでトーキーの時代がやって来た。わずか2〜3年のうちに、すっかりトーキーの時代になってしまいました。

サイレント映画の、あの独特の映画説明(活弁)や、生の伴奏音楽が好きで映画館に通っていた人たちのなかには、たとえば古川緑波さんなどは、「これで映画は終わった」と嘆いた人もいます。松竹の小津安二郎監督はトーキーを嫌って、頑なにサイレント映画を作り続けていましたけれど、その小津安二郎も、 1935年に、六代目尾上菊五郎の記録映画『鏡獅子』で、ついに音声をフィルムに入れました。

小津さんの場合は、映画に音声が入ったことで、作風がガラリと変わりましたね。劇映画の第一弾は、1936年の『一人息子』です。サイレント時代はシャープでモダンな、切れ味バツグンの映画を作っていましたが、トーキーになってから、台詞の間合いというか、台詞のリズムを基調にした、独特の「小津調」が出てきました。目まぐるしく切り替えされるカットも、あの独特の台詞のやりとりがベースになっているので、なんとなくノンビリしたテンポ、和らいだ雰囲気に感じられます。実際はすごい数のカットが繋いであるんですけどね。

チャップリンもまた、自作のトーキー化にはずいぶん悩んでいました。

1928年1月6日に、アメリカで『サーカス』が劇場公開されています。
これはチャップリン映画のなかでも、飛び抜けてドタバタ要素の強いサイレント作品です。
時代は、どんどんどんどんトーキーに向かっています。でもチャップリンはパントマイムの名人です。自分の芸に誇りがあります。パントマイムは目で見て楽しむもの。映画とはそれを伝える世界共通の言語。だから台詞なんかいらない。チャップリンはそんなこと考えながら『サーカス』を作ったんですね。撮影期間は2年。製作費は90万ドルに達しました。
『サーカス』は、チャップリンの意地ですね。プライドと言い換えてもよいでしょう。どうだ、台詞なんかなくてもこんなに面白い映画が作れるんだ。画面からそんな声が聞こえてきます。台詞はないんですけどね。聞こえてくるんですね、チャップリンの動作を見ていると、全身から声が発せられているのが、聞こえてくるんですね。不思議ですね。
映画は大成功で、300万ドル稼いだそうです。第1回アカデミー賞では特別賞を受賞。但し、チャップリンは授賞式に顔を出していません。「限られた少数の人たちが与える賞なんてものは名誉にはならん」と言ったそうです。作品の評価は大勢の観客が決めるもの、ってことでしょう。どこまでもプライドの高い人でしたね。

しかし皮肉なことに、大勢の観客はトーキーを求めていたんですね。
『サーカス』の次の映画、『街の灯』は1928年5月5日に準備を始め、1930年10月5日にクランクアップしています。その間、時代はどんどんトーキーになってきました。歌とダンスが並べられた安易なレビュー映画が大ヒットし、サイレント映画は客足が遠のいてきました。真面目にしっかり作られていても、それがサイレントってだけでお客さんは敬遠するようになってきたんですね。さあ、チャップリンも不安になってきました。製作費は破格の200万ドル、撮影に2年半かけた超大作です。これがコケたらもう立ち直れません。絶対にヒットさせなければなりません。
そこでチャップリンは、とうとう妥協して、『街の灯』に音楽と効果音を入れることにしました。台詞は従来通り字幕で、人の声は一切入っていません。当時はこれを「サウンド版」と呼んでいました。チャップリンは、1930年10月から約2ヶ月かけて音楽を作曲・録音し、フィルム編集しました。
1931年1月19日にロサンゼルスの劇場で覆面試写会(スネーク・プレビュー)を催し、1931年2月6日に一般公開。チャップリンは公開に際し、3万ドルを費やして新聞広告を出しているんですね。大恐慌時代の3万ドルですよ。それほど興行が心配だったということでしょう。

余談になりますけど、1929年10月24日に始まった大恐慌で、チャップリンはほとんど損失を出していないんですね。ウォール街で株価が大暴落しそうな気配だぞ、この情報をチャップリンはどこからか仕入れていたんでしょうね。所有していた株や債券は、暴落の直前にしっかり現金化していました。チャップリンは映画作家であると同時に映画製作者、ビジネスマンであるわけですから、これは当然といえば当然です。元手がなきゃ映画は作れませんからね。映画製作で一番大事なのは何か? 昔も今も変わりません。お金です。これなくして映画は作れません。
映画製作者の仕事とは何か? それは映画を作ってお金を儲けることですね。絶対に損はしないぞ。その心構えというか気迫が、ついに、チャップリンの新作映画にサウンドを与えることになったわけです。
ご存知のように『街の灯』は世界中で大ヒットしました。そして、この映画に付けられた音楽もまた、世界中の人々に愛されております。
チャップリンは映画作家としてだけではなく、製作者としても一流でしたね。

はい、もうこんな時間になってしまいました。
あら、あんた、今日は最後まで聞いてくれてたの?
どうもありがとうね。
というわけで、ここから先は長くなりそうなので、続きはまた今度にしましょうね。
サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ。

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