ドナルド・E・ウェストレイク 「踊る黄金像」

踊る黄金像 ドナルド・E・ウェストレイク

ハヤカワ・ミステリアス・プレス (1976-1994)

踊る黄金像 ドナルド・E・ウェストレイク
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踊る黄金像 ドナルド・E・ウェストレイク
原題「Dabcing Aztecs」 翻訳:木村仁良

頼むから話しかけないでくれ。おれ、急いでるんだ。何でかって? 実は、南米某国から盗まれた黄金像の行方を追ってるんだ。そいつを狙って悪党どもが争奪戦を繰り広げててさ。しかも複製品が十五体もあって本物がどれだかわからない。もう大混乱さ――ま、詳しくは中身を読んでくれ。ミステリ史に残る大傑作だってことは保証するよ。じゃあ、おれ、急ぐから

最近(2005年2月)、また「ハッスル」って言葉が流行ってるみたいで、(たぶん阿呆なタレントとかがテレビで使っているからだろうけど)近所の子供たちが「ハッスル、ハッスル」と叫んでるのを耳にしました。
ヴァン・マッコイのディスコ・ミュージックが大ヒットして、あちこちで「ハッスル」が飛び交ってたのは70年代。当時のアメリカ映画を注意して観てると、「ハッスル」って言葉、頻繁に出てきます。ロバート・オルドリッチ監督、バート・レイノルズ、カトリーヌ・ドブーヴ主演の『ハッスル』って刑事アクション映画もありました。懐かしいですね。
訳者の木村仁良さんが、あとがきに「ハッスル」の意味について説明しているので、引用します。

『リーダーズ英和辞典』(研究社刊)によると、他動詞としては「押し込む」「せきたてる」「強要する」「売り込む」「搾取する」「かきまぜて振る」など。自動詞としては「精力的に行動する」「せく」「営利のために努力する」「(女が)身を売る」「ハッスルを踊る」など。名詞としては「大急ぎ」「頑張り」「強引な売り込み」「(ディスコの)ハッスル」「信用詐欺」「だまして金を巻き上げること」「強盗」などとある。
本書では、(名詞の場合)「与太仕事」「悪知恵」「ペテン」「悪企み」「悪事」「悪行」、(動詞の場合)「急ぐ」「金をまきあげる」「せわしなく動く」「誘い込む」などに訳し分けた。

木村さんは「ハッスル」から派生した「ハスラー」にも言及されています。
「ハスラー」は、「強引なセールスマン」「金をだまし取る人」「詐欺師」「ばくち打ち」「売春婦」という意味。「女ハスラー」は、ビリヤードが上手い女性ではなく、「やり手の淫売」ってことです。
「ハッスル」も「ハスラー」も、あまり良い言葉じゃありません。
ですから……子供が「ハッスル」なんて汚い言葉を口にするのは、公序風俗的に好ましくない風潮です。叫んでるクソガキを見かけたら、躊躇することなく、思いっきりアタマを叩いてください。

閑話休題。
ガッタ・ハッスル!(急がなくっちゃ!)

小説の発表は、「ハッスル」真っ最中の1976年でしたが、日本での翻訳出版は1994年。 実に18年の歳月が過ぎています。
ウェストレイクは、中学・高校時代に、ドタバタ泥棒喜劇「ドートマンダー」シリーズを数点読んでいた(実に面白かった!)ものの、新作の翻訳は完全にストップしていて、もうすでに過去の人。
本作が出版された際には、(本人にはたいへん失礼だが)えっ、まだ生きていたの? と驚いたものであります。
悩みましたね……読もうか読むまいか。
なにしろ18年前の小説です。いま読んで、果たして面白いのだろうか? これまでオクラになっていたのは、(ドートマンダー・シリーズより数段落ちる)つまらないものだったからじゃないのか?……などと邪推。なかなか手をのばせませんでした。
初版が94年5月31日発行。
で、手元にあるのは第4版(翌95年1月15日発行)……あぁ、思い出した。この文庫本を買ったのは、(たぶん)宝島社が年末に出している「このミステリーがすごい! 95年度版」で、年間ミステリー第三位に推されていたからです。そんなことがなけりゃ、読んでなかったと思う。とにかく当時、ウェストレイクは(俺のなかでは)忘れられていた存在でした。

……なんて、
個人的な思い出ばなしをダラダラ続けてても意味ないし。
ガッタ・ハッスル!(急がなくっちゃ!)

本書の最大の特徴は、表紙と本文に挟まれている部分、登場人物紹介のページにあります。
なんと、3ページに及ぶ異例の人物表に、ずらり並んでいるのは総勢50名(アンド、16個の黄金像)の登場人物たち!
これは、外国人のカタカナ名前が覚えにくいから翻訳小説は苦手って人への「嫌がらせ」でしょうか? 実録戦記物じゃあるまいし、こんなにゾロゾロ登場人物が出てくる必然性ってあるのでしょうか? カタカナ名前は煩雑なので、登場人物の説明文だけを抜き書きしました。とりあえず、参考にどうぞ。

「かけずりまわっているシティボーイ」「警備員」「知識人だが、いいやつ」「女房、姉、口うるさい女」「すっごくすっごく」「彫刻家」「ネクタイをしめた役人」「いいカモ」「通行人」「母親、科学者」「アイルランド人」「そのアイルランド人の弟」「女房、姉」「動き回っている元女房」「マリワナ中毒者」「上出来の活動家、不出来の酔っぱらい」「融資家風」「ニュージャージーの悪党」「プールのセールスマン、息子」「素敵な娘」「その素敵な彼氏」「運転手」「子分」「かけがえのない受付嬢」「ほかの惑星からの訪問者」「世界一のママ」「純真な心を持つ宣伝マン」「素敵な若者」「その素敵な彼氏」「夢想家」「ソファを持つお友達」「ひどいブリッジ・プレイヤー」「四人目のプレイヤー」「チンピラ」「もう一人のチンピラ」「ハーレムの第一級葬儀屋」「太ったママ」「顔役」「不発弾」「有色女性」「卑劣なクソ野郎」「趣味を持つ男」「ヤムイモで育ったデスカルソ美女」「サウンドの航海士」「素敵(ナイス)な」「貴族、熱中家」「慈善家」「特別出演」「罪もない傍観者」

どいつもこいつも、ザッカー兄弟のパロディ喜劇映画に出てくるような、B級キャラクターばかり。これら個性豊かな「莫迦者ども」が、500ページ強の(当時としては)長めの長編小説の中を、ドタバタ埃をたてながら、矢継ぎ早に駆け抜けてゆきます。
名前なんて気にしているゆとりはありません。
ガッタ・ハッスル!(急がなくっちゃ!)

こいつら奇人変人の目当ては、南米からアメリカに輸出されたアステカ僧侶像。16個のレプリカに、本物の黄金像が1個紛れ込んでしまったことから、総勢50名の争奪戦が繰り広げられます。
「踊るアステカ僧侶像」の特徴は……

(ちょっと想像してみてください)
高さ約18インチ。両膝を少し曲げ、左手を左膝に置き、右足を像の台から離し、右腕を胸の前で曲げている。両足首にはめた羽根飾りの輪と、顔を覆う睨みつけるような悪魔の面のほかは、裸だった。
……ちんちん丸出しで踊ってます。マヌケな格好です。

さて、結論から言うと、この小説はメチャメチャ面白い。
抱腹絶倒、ゲラゲラ笑って、最後までイッキ読み。
風俗の懐かしさはあっても、古臭さは感じない。多彩な登場人物(どいつもこいつも小悪党)も魅力たっぷり。ちょっぴりしか出てこない人物に味があり、ミステリーとしての仕掛けもキチンと用意され、ニューヨークに住む人たちの姿が(裏側から)しっかり描かれている。エピソードが細かく分かれているので、リーダビリティは抜群。大満足の1冊。

これが俺だけの(偏向した)感想でなかった証拠に、この小説はメチャメチャ売れました。
『踊る黄金像』のヒットに気をよくした早川書房は、ずっと絶版だった過去の名作『我が輩はカモである』(1967年アメリカ探偵作家クラブ長編賞受賞作)を同じミステリアス・プレス文庫で復刊。続いて、未訳のまま放置されていたドートマンダー・シリーズの『天から降ってきた泥棒』『逃げだした秘宝』『最高の悪運』を邦訳出版。更に、リチャード・スターク名義の「悪党パーカー」シリーズの新作も連続して邦訳出版。
その勢いに乗って角川書店も、絶版にしていた「ドートマンダー」シリーズ(『ホット・ロック』『強盗プロフェッショナル』『ジミー・ザ・キッド』『悪党たちのジャムセッション』)を20年ぶりに復刊させました。
いま、若い方たちが、ウェストレイクの過去の作品(及び新作)を読めるのは、『踊る黄金像』のヒットがあったからこそ。

では、寄り道はこれくらいにして、本書の魅力を語りましょう。
ガッタ・ハッスル!(急がなくっちゃ!)
ウェストレイクの『踊る黄金像』の、何処がそんなに面白かったのか?

有色人種(特にヒスパニック)の差別ネタが満載。

(第一章・冒頭の一節)
「ニューヨーク・シティーでは、誰もが何かを捜している」
(第二章・冒頭の一節)
「ニューヨーク・シティーでは、誰もがどこかへ行きたがる」
(第三章・冒頭の一節)
「ニューヨーク・シティーでは、誰もがほかの誰かになりたい」
(終幕の一節)
「そして、ときたま、誰かが捜している物をすべて手にいれるのだ」

洒落てるでしょう?
ちょっとロマンチックな小説でもあるんですよね……(嘘)

普段、読書中は音楽は聴かない(耳栓をしていることもある)のですが、本作に限り、ヴァン・マッコイの「ハッスル」をエンドレスBGMにして読んだら楽しいかも知れません。
(余談:NHK−FMにてラジオドラマ化された際のテーマ曲もヴァン・マッコイの「ハッスル」でした)

いや〜んな事があって誰とも顔を合わせたくない日は、この1冊をお供に部屋に引きこもってください。
翌日は、スカッと良い気分になってることをお約束します。

徹夜本コーナー
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