soe006 エド・マクベイン 「通り魔」(87分署シリーズ)

通り魔 (87分署シリーズ) エド・マクベイン

ハヤカワ文庫(1956-1976)

通り魔 (87分署シリーズ) エド・マクベイン
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通り魔 (87分署シリーズ) エド・マクベイン
原題「The Magger」 翻訳:田中小実昌

大都会の秋は女に似ている。そして、秋は死の季節でもある――通り魔はマントのように漆黒の闇を身にまとい、路地の暗がりに立っていた。夜の闇は彼の親友そして獲物は女だった。だが、この通り魔は一風変わっていた。女を襲ったあと被害者に優雅なお辞儀をして、かならずこう言うのだ。「クリフォードはお礼を申します、マダム」――捜査を開始した87分署の刑事たちを嘲笑うかのように、不可解な通り魔は犯行を重ね、やがて事件は殺人にまで発展した……大都会の犯罪を追う警官たちの悲哀をみごとに浮き彫りにした<87分署シリーズ>第二弾!

エド・マクベイン「87分署シリーズ」の2作目。
前作のラストで結婚式を挙げたシリーズの看板刑事スティーヴ・キャレラは新婚旅行に出かけていて、今回は不在。替わって小柄ながら柔道の達人のハル・ウィリス、鉄拳取り調べで悪名高きロジャー・ハヴィランドが活躍します。名前(ラストネーム)と名字(ファミリーネーム)が同じのマイヤー・マイヤーも本作から登場。今回はゲストとして、通り魔事件の囮(おとり)捜査に女刑事アイリーン・バークが協力しています。
しかしこの第2作で最も重要なのは、パトロール巡査のバート・クリング。
前作で愚連隊の少年に撃たれ療養中のクリングのもとへ、新聞で事件を知った昔なじみがやってきて家庭の悩み事を相談。それが発端となって事件の中核に深く関わり、刑事昇進のチャンスを掴みます。
いや、そんなことよりもっと重要なのは、捜査の過程でクリング巡査がクレア・タウンゼントと出会い、恋仲になってしまうことです。
どこにでも転がっている普通の恋愛なんですけどね。この先、ふたりの恋がどのように発展し、そして終わってしまうか。既にシリーズを読み通して顛末を知っている者には、涙なくしては読めない場面の連続。シリーズものを再読するときの醍醐味といいますか、最初読んだときには何も感じられなかった、さりげなくどうでもいいようなエピソードが……もう二度とかえらない過去を振り返り、感傷にひたる。昔のアルバムをしんみり見ているような……そんな感じで、けっこう胸に響いてきます。
(二人の恋がどうなるか、今すぐ知りたい方は文庫本のカバーに既刊リストがあるので、そこに並んだ書名を順を追ってご覧ください)

ストーリーは、「クリフォードはお礼を申します、マダム」と、芝居がかった挨拶を残してゆく通り魔事件の捜査を主軸に、クリングが偶然かかわってしまった殺人事件が交錯。(マイヤー・マイヤーが担当している連続猫泥棒事件もありますが)それぞれに、それなりの決着がつきます。
ちょっとミステリ馴れしている読者には、クリングが(非番の時間を利用して)捜査している殺人事件が、世間で話題になっている通り魔事件に便乗した犯行だってことはすぐにピンとくるだろうし、その犯人だって……(以下略)。
連続猫泥棒事件もそうですが、通り魔の犯人がなぜ奇妙な挨拶を残してゆくのか、最後まで犯行の動機が説明されないのが、なんとも消化不良。やはり「87分署シリーズ」は、謎解き(ミステリ)よりも、風俗描写とキャラクターの面白さなんでしょうね。
俺的には優等生タイプのキャレラよりも、人権無視でゴリゴリに被疑者を締め上げるロジャー・ハヴィランドが好きなんですけどね。家庭のゴタゴタが嫌いで仕事に逃げているような(有能なのか無能なのか分からない)ピーター・バーンズ捜査主任が好きな人もいれば、マイヤー・マイヤーが良いという人もいる。庶務係のミスコロ巡査にだってファンがいます。

前作『警官嫌い』が真夏で、今回『通り魔』が秋。そして次回作『麻薬密売人』は、まるで爆弾を抱えたアナーキストのような冬。この3作はシリーズ最初の年、1956年に発表されています。おそらくマクベインは、第1作執筆前から3作目までの見通しを立てていたのでしょう。
というのも、新婚旅行から戻ったキャレラ刑事は、次の作品のラストで……おっと、これは読んでからのお楽しみ。

エド・マクベイン Ed McBain (1926−2005年)
高校卒業後海軍に入り、第二次大戦後に除隊して大学入学。その後教師など幾つかの職業を経て出版代理店に勤務。
1954年、かつての教師経験をもとに高校生の非行を描いた『暴力教室』(エヴァン・ハンター名義)が評判となり映画化。1956年より、架空の街アイソラに勤務する警官たちの活躍を描いた「87分署シリーズ」をスタートさせ、警察小説と呼ばれるジャンルを確立。その他、ホープ弁護士シリーズなど著書多数。
1986年にアメリカ探偵作家クラブ(MWA)巨匠賞、1998年にはイギリス推理作家協会(CWA)ダイヤモンド・ダガー賞を受賞。

詳しくはこちら > エド・マクベイン読本(87分署ファン必携!)

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