soe006 貴方の夏は何色?

貴方の夏は何色?

June 24, 2005

ここ数年、どうも夏が黒くていけない。
なにがどういけないのか、具体的に説明できないのがもどかしいが、とにかく宜しくない。そこで、他の色で塗りつぶすことを考えた。

まず候補に挙がったのが白だ。
相手が黒なのだから白。この発想はいささか幼稚で短絡的だが、極めて順当といえよう。しかしながら白の本質は無であり、個性稀薄なのが難点だ。
商売用の書評を依頼された文芸評論家が、褒めるべき切り口を見つけられず(つまり、論ずるに足りぬ作品を批評するときに)、「透明感が感じられる作風」「白い印象の作品」などと、苦し紛れに用いる。
優柔不断で無責任な色が、白なのである。

では青はどうか?
青は、入道雲の背景としてよく映える色であるし、南太平洋の大海原を連想させる。ひたむきなまでの雄大さは天下無双、夏を代表するカラーといえよう。
ところが、ここにも落とし穴がある。
青は英語でBlue、すなわち憂鬱を兼ね備えた色でもあった。
蛇足を承知で筆をすべらせると、わずか130年前まで家畜または奴隷として扱われていた米国黒人の悲惨な哀歌が、ブルース(Blues)である。
また青は、職業差別を誘発する言葉(青はブルーカラーを連想させる)として、放送に適さない用語に指定される危険性を孕んでいる。すなわちアオは、(かつてのアカがそうであったように)次第に隠語的意味合いを強くし、将来的には消滅する色(ないしは裏社会でしか通用しない色)となる可能性が濃厚。すなわち、公序良俗に反した色といえよう。
さらに付け加えるならば、この季節、旅行代理店の軒先を彩るパンフレットに必ず用いられるのが、思わず目を細めてしまうほどに眩しい青だ。ディスカウントショップの特売コーナーに山積みされた1本68円缶コーラが、観光地では特別価格200円となる。夏+バカンス=ぼったくり、その悪しき3段連想の導火線となるのが青であることに、世間の人たちも気づき始めている。
ちなみに、海の家(浜茶屋)で販売される極めて不味い焼きそばに薬味としてふりかけられているのも青海苔であり、調査研究が進むにつれ、青は夏に相応しくない色であることが、明白になってきた。

その他、黄や緑、藍、橙、紫など、黒に代わる候補色が次々と挙げられ、議論は混迷の極みに達した。
それぞれのカラーにそれぞれの個性と主張があり、たとえば黄などは、「貴」であり「喜」である、来春は皇室に慶事が控えておる、依ってぜひ採用すべしとする意見がある一方、黄は「奇」かつ「危」なので好ましくないとする反論がでる。
緑を推薦した者は、その理由として「自然を愛するアース・カラーである」などと、ギャグとしか思えぬ屁理屈を開帳し失笑を買ったあげく、アースカラーが良いとするのなら茶でもよかろう、茶はチャバネゴキブリの茶でもあるしチャバネゴキブリも自然の一部であるのだから愛するのに不都合はないと、畳みかけるように追い打ちをかけられ、スゴスゴと退場する一幕もみられた。

結果的に消去法で、赤が最後まで残った。
誰もが、その暑苦しいまでに鬱陶しい、なおかつ狂騒的な色を意識して避けていた。気持ちは痛いほど分かる。
例えば、摂氏35度の部屋で、壁ならびに天井と床の六方を赤一色に塗られていた場合、おそらく常人の多くは、少なからぬ精神の変調を自覚するに違いない。『2001年宇宙の旅』のHALの眼差しも赤く、ご存じのとおりHALは狂っていた。
また、市川崑監督・和田夏十脚本の映画『ビルマの竪琴』の冒頭の一節、「ビルマの土は赤い」を思い出し、痛ましい戦争の記憶を蘇らせる人もいるであろう。
しかし、それでもよいではないか。
夏とは、本来そういうものであるのだから。
在るがままに存在し、為すがままに所為する。
人間が、否、地球が誕生したときより連綿と繰り返されてきた夏とは、まさしく件の如きものであったのだ。これは逆説の正論である。

会議終了後、誰かが小さな声で、囁くように、歌っていた。

真っ赤に燃えた、太陽だから
真夏の海は、恋の季節なの

さて、この拙き文章の最後に、
筆者が筆を起こす直前、「嗚呼、コカコーラが飲みたい」
と呟いていた事実は、正直に告白しておかねばなるまい。
もちろん呟いた瞬間、
筆者の脳裏に、「米国商業主義的商標登録の浸透と拡散」などという、野暮天なフレーズなど存在するはずもなく、
あったのは……
暑い夏+赤=コカコーラ
という、まるで保育園児並の条件反射的連想のみであった。

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