soe006 小松左京初期短編集

小松左京初期短編集

May 20, 2004

時の顔
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時の顔
小松左京初期短編集

(画像はハヤカワ文庫版のカバーです)

小松左京は、「日本沈没」や「さよならジュピター」などの長編小説で知られていますが、代表作と呼ぶにふさわしい傑作は短編小説にも目白押しにあります。
「果てしなき流れの果に」「ゴルディアスの結び目」と、いささか取っつきにくいハードな作品を先行させてしまったので、罪滅ぼしということではないけど、グッと読みやすい初期の短編を取り上げます。中間小説誌に発表した作品も多いので、SFが苦手という方にもすんなり受け入れられるのではと思います。
趣向は多彩で、未来社会を描いたハードなものから、ミステリー、お下劣なドタバタ・コメディ、背筋をゾクゾクさせるホラーなど、様々なタイプのSF小説が揃っています。
時代を経ていささか古くさくなった作品もありますが、基本的なアイディアは現代にも通用するものばかり。状況設定のスケールは大きく、SFに精通した脚本家が適切にストーリーを膨らませれば、映画やドラマ化しても面白くなりそうなネタが沢山あります。昨年(2004年)、ハリウッドで映画化されたアシモフの「われはロボット」を観て、どうして日本の映画界は小松左京の短編を映画化しないんだと思ったくらいです。

所有している小松左京の短編集は、20年以上も昔に出版された早川文庫版や角川文庫版で、その後、新潮社や徳間書店からも短編集が出ましたが、現在は版元品切れで入手困難になっています。
未完のハード超大作「虚無回廊/第3巻」が出版された前後(90年代の終わり)に、角川春樹事務所がジャンル毎に編纂した文庫版をまとめて出しました。しかしこれさえも(角川春樹事務所は弱小出版社ゆえ)いつ品切れ・絶版の憂き目にあうやも知れません。

時は四十世紀の未来。その高度な科学をもってしても治療不可能な難病に苦しむ友人・カズミ。実は江戸時代から連れられてきたという彼の病因を調べるため、天保年間の江戸へと向かった「僕」が知った意外な事実とは?――時間と空間を超えて縦横無尽に駆けめぐるタイム・トラベルの特性と魅力をあますところなく生かしきった、時間SFの名篇11篇を収録。(ハルキ文庫「時の顔」

ある日突然、日本に落下してきた高さ二百キロ、直径千キロにも及ぶ"異様な物体"は、大阪付近を中心に日本をすっぽり覆ってしまった!その「物体O」の直撃を受けた東京を含む各地域は潰滅、日本は国家としての機能を失ってしまうのだが……。奇想天外なスケールで描く表題作をはじめ、壮大な発想から紡ぎ出される本格SFの名篇全十二篇を収録。(ハルキ文庫「物体O」

かつて存在し、そしてある日忽然と地上から消え失せてしまった国「日本」――自分が"契約"さえしなければ良かったのだ、と語り出す謎の男。彼こそ日本を売ってしまった張本人だというのだ。「日本売却」の顛末をユーモアあふれる悪魔的タッチで描く表題作をはじめ、SFの奇想をたっぷり盛りこんだ、ナンセンスあり、ショートショートありの傑作全二十二篇を収録。(ハルキ文庫「日本売ります」

その「地震」はかなり大きなものだった。夜空は一面に青白く光り、家中の家電製品は火や煙をいっせいに噴き出した。揺れがおさまった後が困ったことになった。あらゆる電気系統がパンク状態に陥ってしまったのだ。しかしそれも、いずれ夜が明けたら解決することだろう――。非常事態に襲われた人々に、さらなる衝撃の事実が明らかにされる表題作をはじめ、SF的観点から人間心理の闇を抉るホラーの名篇十七篇。(ハルキ文庫「夜が明けたら」

太平洋戦争末期、空襲で家を焼かれ、家族とともに路頭に迷いかけていた"僕"は、縁あってある裕福そうな邸に住み込ませてもらうこととなる。邸には上品そうな女主人と病気の娘の二人が住んでいるだけで、夜になるとどこからともなく悲しげにすすり泣く声が聞こえてくるのだった……。戦争という時代の狂気を背景に驚くべき事実が明かされる表題作の他、"女"シリーズ六篇を含む、幻想の物語全十一篇を収録。(ハルキ文庫「くだんのはは」

古くから高砂の御厨として、また謡曲「高砂」でも有名な高砂市。かの地の高砂神社へと向かっていた「私」は、ひょんなことから若い男女の二人連れとともに訪れることになるのだった。そしてそこで「私」はある信じがたい光景に出会う……。歴史的伝承、幻想的情景にSF的発想の飛躍が見事に融和した表題作をはじめ、"女"シリーズ四篇など、幻想と抒情に彩られた全十三篇を収録。(ハルキ文庫「高砂幻戯」

半分男で、半分女? 私立探偵・坂東は「魔風会」会長の娘に手を出してしまったばかりに、組織から追われ、とんでもない"手術"を施されてしまったのだ!「自分自身」を取り戻すべく逆襲を開始する坂東の前に明らかにされたのは、事件の意外な真相だった(「男を探せ」)。他に大杉探偵シリーズの三部作や、「ヴォミーサ」など、サスペンスタッチで描くSFミステリー全十篇を収録。(ハルキ文庫「男を探せ」

今回、初期短編のすべてを読み返したわけではありませんが、初読の時に衝撃を受け強く印象に残っていたもの、再読して更に深い感銘を受けた傑作を、以下に列記しました。古本やハルキ文庫版で求める際の、参考にしてください。

「お召し」
突然地球上から、すべての大人が忽然と消えてしまう。残された子供たちは自活すべく新しい社会体制を作りはじめるのだが、彼らも13歳の誕生日を迎えると、スウッと消えてしまう。不思議なことに、産婦人科の病院では何もないところから赤ん坊が産まれてくる。理由は明らかにされない。
子供たちは、養殖場の稚魚のように、定められた期間をこの世界で過ごし、そして何処かに「お召し」になる。次に紹介する「召集令状」と併せて読まれることをお薦めします。(初出:不明・1963年頃?)

「召集令状」
突然、日本中の若者たち(ほとんどが次男坊)宛に赤紙(召集令状)が届けられる。送り主はいない。郵便受けにコトンと音がして、あけると赤紙が入っている。最初はタチの悪い冗談だととらえられていたが、召集日がくると、若者たちは本当に姿を消してしまう。やがて戦況が過酷になってきたらしく、「戦死公報」も届けられるようになり、招集は年輩者や長男、兵役免除の「丙種」に相当する虚弱体質の連中にも及ぶようになる。
召集日時になると強制的にあっちの世界に「お召し」になるので、兵役を逃れようと逃走しても無駄骨に終わる。個人の力ではどうしようもない目に見えない戦争を、いつしか誰もが、逃れようのない事実として受け入れるようになる。
1931年(昭和6年)生まれ、日本が敗戦を迎えたとき14歳だった小松左京の、面目躍如ともいえる傑作。(初出:1968年・オール讀物)

「地には平和を」
昭和20年8月15日に無条件降伏しなかった、もう一つの日本。上陸してきた米軍の目を逃れながら、長野へ移転した大本営を目指し、紀伊山中を彷徨う少年兵の物語。
タイムマシン犯罪を扱った多次元もののSFですが、焦土決戦に敗北した日本を舞台に、愛国精神たっぷりの少年兵を主人公にもってきたところが、小松左京らしい、というか、戦後焼跡派の作家らしい視点です。(初出:1963年・宇宙塵63号)

「くだんのはは」
空襲で家を失った少年が、寄宿先の旧家で遭遇する奇怪な出来事。
こちらも大東亜戦争当時の時代背景と、それらしきタイトルをもちながら、ラストで読者をゾーッとさせてしまう怪奇小説の逸品。小松ホラーのベストとして、多くの読者が挙げる一作です。
(初出:1968年・話の特集)

「保護鳥」
「くだんのはは」よりも怖いと評価されているホラー作品。この小説を読んで、特別天然記念物の朱鷺が国際保護鳥に指定されていること、学名が「ニッポニア・ニッポン」であることを知った人は多いと思う(俺もその一人だけど)。
懐中電灯に照らされ闇の中に一瞬浮かぶ「保護鳥」の顔、視覚効果抜群の描写が怖いです。(初出:1971年・小説新潮)

「飢えた宇宙(そら)」
ホラーをもう1本。こちらは恒星間を航行する宇宙船が舞台。
ダン・オノバンはこの小説(1968年発表)を読んで、映画「エイリアン」(1979年製作)のストーリーを思いついたのじゃないのか? 宇宙船が、何処にも逃れようのない密室だっていうアイディアだけとってもそっくりなうえに、怪物まで乗船しているし、一人、また一人と乗組員が消えてゆくストーリーもまた……映画化を期待したい一作。
(初出:1968年・推理ストーリー)

「御先祖様万歳」
百年前に撮影された御先祖様の写真に、まだ開通していない新幹線が写っていた! という発端から、長閑な雰囲気が漂うユーモア篇。
時空間のねじれで出来たトンネルで、百年前(幕末)の世界と現代の住人たちが往復し、お互いに干渉しあい入り乱れ、ドタバタ騒動に発展。元治元年旧六月、新撰組の一隊が自動小銃をぶっ放して池田屋を襲撃し、一方、こちら側(現代)でも憂国江戸援助協会なる団体が、十九世紀の日本に現代産業を与えることで、一挙に世界の先進国へと発展させ、よって第二次世界大戦を日本の勝利へと導く計画を練っていたりする。(初出:1963年・別冊サンデー毎日)

「カマガサキ二〇一三年」
スーパーハイウェイの高架下に住む乞食二人組が、未来人の技術で「自動コジ機」を作り大儲けするが、乞食根性が災いして元の生活に戻るフェアリーテイル。(初出:1963年・世代)

「聖六角女学院の崩壊」
テレパシー・セックスで処女懐妊してしまった女学生をめぐるドタバタ・コメディ。発表当時ヒステリックに叫ばれていた性教育を皮肉った風刺劇。(初出:不明・1968年頃?)

「機械の花嫁」
女性の身勝手さ我儘ゆえに、男女が別々の世界で生活している未来社会。
性的欲求不満をつのらせた女たちは、快楽を求めセックスロボットをサディスティックに虐め破壊するが、それでも満足を得られず暴れ回る。いっぽう男たちは従順で淑やかな女性型ロボットに心の安らぎを覚え、なかにはロボットと結婚してしまう者まで出てくる。
(初出:1968年・オール讀物)

「自然の呼ぶ声」
頻発する動機なき殺人事件は、セックスを否定して進化してしまったため性衝動の捌け口を見失った未来人の、ストレスが原因だった。
やるべきことをやってないと人間の精神は歪む、健全なる精神は健全なる肉体に宿るという教訓。(初出:1964年・SFマガジン)

「物体O」
後年「首都消失」として長編化される、ポリティカル・シミュレーション小説。
小松左京はタイトルの付け方が巧い。日本が沈没する「日本沈没」、木星太陽化計画を描く「さよならジュピター」、エスパーのスパイで「エスパイ」……タイトルだけで内容が分かる仕組み。「物体O」もタイトルを聞いただけで、どんな話だったかすぐに思い出せます。(初出:1964年・宝石)

「終りなき負債」
親子三代に渡る長期ローンの返済に明け暮れる青年が、借金の原因となった祖父の買い物が何であったかを探る物語。
ミステリー仕立てのストーリーだから詳しくは書きませんが、俺はこの小説を読んでいたせいか、事前情報ゼロで観たにもかかわらず、クーブリック原案=スピルバーグ監督の「AI」に新しさをまったく感じませんでした。小松SFの白眉。映画化を希望する一作。今だったら、主人公に藤原竜也、借金取立屋は岸谷五郎がいい。
(初出:1962年・SFマガジン)

「時の顔」
以前読んだときはそれほど印象に残らなかったけど、今回再読して、えっこんなにいい話だったっけ、と感心してしまいました。時代考証もロジックも完璧な、タイムトラベルSFの大傑作。
ハヤカワ文庫版で43ページの短い小説ですが、中身は濃く、テンポが速いので読み飛ばすと混乱するかも知れません。もっとじっくり当時の風俗を書き込んで長編化していたら、広瀬正の「マイナス・ゼロ」と並ぶ名作になっていたと思います。
NHKの金曜時代劇で4回シリーズくらいのドラマにしても面白いかも。(「時の顔」が映像でモロに出てしまうから、ネタはすぐに割れてしまうだろうけど)映像化したら良いシーンになるだろうなぁと思える描写が幾つもありました。(初出:1963年・SFマガジン)

まだまだ紹介したい作品、面白い作品がたくさん残っていますが、今日はこれまで。

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