現存する3本の山中貞雄監督作品のなかでは、この「百萬両の壺」がいちばん好き。「河内山宗俊」と「人情紙風船」も素晴らしい映画だけど、ストーリーが暗い。「百萬両の壺」は明るい。ほのぼのと明るい。明るいだの暗いだのと映画を幼稚な分別しちゃいかんのだけど。この映画を満たしている(小春日和に似た)やさしく可愛い、平穏な明るさは他に類をみないものです。
なにしろ百萬両の壺をめぐっての争奪戦。欲に狂った者どもが江戸中を奔走し、そこに片目片腕の化け物みてぇに強い剣豪・丹下左膳が絡んでくる。血飛沫飛び交う殺伐としたストーリーを、オフビート感覚で換骨奪胎。人情喜劇に仕立て直した山中貞雄のセンスに心底感心してしまう。ムダなくムラなくムリもない、見事な改作。天才の仕事だ。
原作者の林不忘はとても立腹されたそうだが、原作に沿った内容の丹下左膳は後年作られているし、まぁよいではないですか。こんな素晴らしい映画、十年に1本あるかないか、百年に数本しか出てこない稀代の名作ですぞ。
出演者はみんな良い。みんな大好き。大河内傳次郎の左膳、女将の喜代三さん、婿養子の沢村国太郎、その嫁さん花井蘭子、屑屋の高勢実乗&鳥羽陽之助、ちょび安の宗春太郎も可愛いが、矢場の深水藤子は超絶キュート、百万両より彼女との逢瀬を選ぶ柳生源三郎の気持ち、よく分かるぞ!
つくづく残念なのは、クライマックスのヤクザとの立ち回り場面のフィルムが喪失してしまっていること。戦争に負けてなけりゃGHQの検閲カットもなく、完全版を見られていたのに。悔しいったらありゃしない。戦争は勝たなきゃいかんです、絶対に。
上映の際にカットしたラブシーンを復元することなく隠匿していた「ニュー・シネマ・パラダイス」の映写技師といい、こいつらがフィルムをカットしたために完全なかたちで映画を見ることができなかったファンの憤りは、計り知れないものがあるですよ。マジで!
未だ「百萬両の壺」を観たことない人と、「ニュー・シネマ・パラダイス」大好きと言ってる人とは、おれは映画の話をしたくないね。これもマジで、絶対に。
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