サン=サーンスのヴァイオリン作品
August 30, 2007
カミーユ・サン=サーンスは、2歳のときからピアノを始め、3歳で作曲、11歳でパリのプレイエル音楽堂にてリサイタルを催し、13歳でパリ音楽院(コンセルヴァトワール)に入学したという、いわいる神童であります。
1835年に生まれ、1921年に86歳で死去するまで、オペラ、交響曲、協奏曲、室内楽、オルガン曲、歌曲など、多岐に渡るジャンルに膨大な数の作品を精力的に発表。
今春私が買ったCDのうち、最も作品番号が若いのが交響曲第1番変ホ長調で、作品番号は2(これは17歳のときの作品)。そして最も番号が大きいのがチェロ独奏と管弦楽のために書かれた「ミューズと詩人」(作品番号132)。
このように番号のついている作品の他に、イ短調交響曲(16歳のときに作曲)や組曲「動物の謝肉祭」のように、サン=サーンスの死後に発見されたり楽譜出版され、番号がふられていない楽曲も多数あり、その全体を掴むのは甚だ困難であります。
パリ音楽院を卒業したサン=サーンスは、オルガニスト、ピアニストとしても活躍。23歳でパリ・マドレーヌ教会のオルガニストに就任。フランツ・リストから「世界で最も偉大なオルガニスト」と讃辞をいただくほどの腕前を披露。同時に音楽学校のピアノ科教授も務め、ガブリエル・フォーレなどに教えています。
余談ですけど……フランツ・リストは超絶技巧派の名人級ピアニストでした。そのリストから最高級のお褒めをいただいたんですから、マジで凄かったと思いますですよ。
また詩人として、これまた膨大な数の詩作を発表。
以上のような経歴を鑑みると、サン=サーンスの作品には、オルガン曲、ピアノ曲、(自作の詩を使った)歌曲が、かなりの数が含まれていると思います。
しかしそのほとんどが、演奏されることは稀で、録音盤も少ないため、容易に聴くことが難しいのが現状ですね。
なんでサン=サーンスの録音盤は少ないのかなあ?
ちょっと疑問に思ったので調べてみたら、いろいろ面白いことが分かってきました。
多くの天才がそうであったように、サン=サーンスも辛辣な発言を容赦なく周囲にまき散らして、敵が多かったんですね。
花形ピアニストだったアルフレッド・コルトーに、「ふーん、きみみたいな程度でもピアニストになれるんだねえ?」とか、言っちゃってる。
それに、ドビュッシーやストラヴィンスキーなど、20世紀初頭に出てきた新しい音楽を、ことごとく批判してましたし、評論家なんてアタマからバカにしていました。
古典回帰を題目に自ら設立したフランス国民音楽協会でも、ロマン主義に固執するあまり、印象派の作曲家たちから疎まれ、どんどん孤立してしまいます。
そんな時代の流れ(ロマン派の終焉〜20世紀音楽の台頭)の中で、サン=サーンスの音楽は無視されちまったのです。天才音楽家の悲劇ですね。
知ったかぶりしてこんなこと書いてますけど、つい先日まで、私も完全無視してましたからね、サン=サーンスを。
フランス音楽の流れって、ベートーヴェンの交響曲をロマン主義で発展させたベルリオーズ(1803-1869)のあとは、いきなり印象派のドビュッシー(1862-1912)、ラヴェル(1875-1937)でしたもの。
いまあらためてサン=サーンスを(愉しんで)聴いていると、音楽年表に書かれていないけど素晴らしい音楽が、世界中にたくさん埋もれているんだろうなーとか、考えさせられます。マジで。
ということで……
サン=サーンスのディスクは、その膨大な作品数に比して、めちゃ少ないのが現状なのであります。
で、これからサン=サーンスを聴いてみようと思われている、「のだめカンタービレ」の影響でにわかクラシック・ファンになった方々(つまり俺みたいな奴)に推薦したいCDが、こちらです。
サン=サーンス作品集 DGパノラマ・シリーズ
1. 交響曲第3番ハ短調op.78「オルガン付き」 Deutsche Grammophon (2枚組) |
交響曲、交響詩、ピアノ・コンチェルト、ヴァイオリンとオーケストラのための小品、オペラからのアリア、サン=サーンスの代表作てんこ盛り130分47秒。これがですね……ホームラン級の大ヒット。
この春、サン=サーンスにのめり込んだきっかけになりました。
前フリ終了。
ここからが本日の命題であります。
サン=サーンスのヴァイオリン作品。
ひとくちにヴァイオリン作品といっても、かなりの楽曲があるはずなんです、サン=サーンスには。
だから、今回は手持ちのCDで聴ける範囲でやります。
先に紹介したDGパノラマ・シリーズには、「序奏とロンド・カプリチオーソ」と「ハバネラ」が収録されていました。
「序奏とロンド・カプリチオーソ」は、サン=サーンスが1863年(28歳のとき)に、協奏曲のフィナーレとして作曲していたものらしいです。超絶技巧派のヴァイオリニスト、パブロ・デ・サラサーテに献呈され、1972年にサラサーテの独奏で初演。
これ以来、サラサーテは独自のレパートリーとして各地で演奏、好評を得たため、いまではすっかりヴァイオリンの名曲として定着。腕に自信のあるヴァイオリニストなら誰もが一度は録音しているはず。
ギターの爪弾きのような弦のピチカートを伴奏に、ゆったりとしたアンダンテの哀愁ヴァイオリンで序奏。続いてアレグロ・マ・ノン・トロッポ(快速に、陽気に、でもあまり華々しくしないで)のテンポで、ロンド形式の主題部に入ります。
完全な余談ですが……
楽譜に書かれているテンポ指定って、アダージョ、アレグロ、アンダンテ、プレストくらいなら、まあ演奏の予測はつきますが、ごちゃごちゃ修飾されているとワケ分からなくなっちゃいますね。
アレグロ・ノン・トロッポ・エ・モルト・マエストーソ(快速に、陽気に、だけどあまり派手にしないで、そしてグッと荘厳に)なんて、ド素人の私にはパッとイメージが掴めない。「グッと荘厳」にやるのなら、最初の「快速に、陽気に」はどうなっちゃうんだろう、とか考えちゃう。
で、チャイコフスキーの「ピアノ協奏曲第1番第1楽章」を聴いて、ああこういうことだったのか、と……指揮者の方は、このような引き出しを独自にお持ちなんですよね。尊敬しますですよ。
お話を「序奏とロンド・カプリチオーソ」に戻して……
独奏とオケの役割分担がはっきりしている曲です。この曲に限らず、サン=サーンスの書法はみんなキチンと整理整頓されているみたいですね。几帳面な性格だったのかしら。曲の流れ・構成に曖昧さがないんですよ。
主題部に入った独奏ヴァイオリンは、行進曲風のリズムを背景にロンド形式でメロディを演奏。名手サラサーテ用に書かれた曲なので、当然の如く、東西南北天地争乱のテクニックが披露され、コーダ部ではカデンツァ風にこれでもかッ!とヴァイオリン奏法の神技が披露されることになります。
「のだめカンタービレ」では、R☆Sオケのオーディションに来た高橋くんが、このカデンツァ部を披露。オケのメンバーを唖然とさせていました。
俺の書き方が悪いから……この説明を読まれた方のなかには、なんだかテクニック重視の難しそうな曲だな、と思われたかもしれませんが、この曲は(というかサン=サーンスのほとんどの楽曲は)ぜんぜん難しくありません。いや、演奏する方は超絶技巧を要求されるから難しいと認識されていて当然ですが、俺みたく聴くだけの人間には、とても親しみやすくスンナリと愉しめます。
サン=サーンスの音楽はメロディが明確で、耳に馴染みやすく、一聴して口ずさめる(口ずさみたくなる!)、歌謡曲(カンタービレ)的なものが多いのです。
「ハバネラ」は、1885年の冬、北フランスを旅行中にホテルの暖炉を見ていてひらめき、2年後の1887年に作曲。ヴァイオリニストのアルベルティーニに献呈された、独奏ヴァイオリンと管弦楽のための作品。
タイトルから分かるように、スペイン音楽のハバネラのリズムに、独奏ヴァイオリンが情熱的に絡みます。
上記DGパノラマ・シリーズに収録されているのは、イツァーク・パールマン(ヴァイオリン)とズービン・メータ指揮ニューヨーク・フィルハーモニックの演奏。
オリジナルはこちら。去年1000円廉価盤で再発売されました。
カルメン幻想曲:パールマン ヴァイオリン名曲集イツァーク・パールマン(ヴァイオリン)
1. サラサーテ:カルメン幻想曲 1986年 デジタル録音 Deutsche Grammophon |
超絶技巧を必要とするアクロバチックな5曲を収録。
パールマンは、映画音楽愛好家には『シンドラーのリスト』でお馴染みですね。ジョン・ウィリアムス指揮ピッツバーグ交響楽団との共演で映画主題曲集(Sony)も録音しているし。現役ヴァイオリニストでは、最も知名度が高いんじゃないでしょうか。
70年代から80年代にかけて、この人がリリースするレコード(CD)は常に話題になりトップセラー、評論家からも高い評価を得て、向かうところ敵なしでした。
ひとくちで言うと、美音の人です。マジで溜息がこぼれる美しい音色で、難曲とされる「序奏とロンド・カプリチオーソ」や「ハバネラ」を軽々とこなし、うっとりさせられます。
テクニック、音色、ともに100点満点のヴァイオリニスト。
ひとつだけ無い物ねだりの難癖をつけると、この人のヴァイオリンにはアクがないんです。どんな難曲でも軽々と演奏、抜群のテクニシャンであるのは分かりますが、難曲に挑む意気込みというか、汗臭さというか、情熱が稀薄に感じられるんです。もちろん御本人は血反吐を吐くくらいの努力をされていると思います。3歳のときに患った小児麻痺で下半身不随になり、車椅子生活を余儀なくされたうえでの名人芸ですから、そりゃもうたいへんな努力家であることは間違いない。音楽への情熱も並々ならぬものがあるでしょう。でも聴いていてそういった人間臭さが感じられないんですね。とても透明感のある、純粋で、清廉潔白なヴァイオリン。巧いと感心し、美しいと溜息を吐くことはあっても、胸の奥をゾワゾワと刺激させる、ワケの分からない衝動に動かされることがないんです。超個人的に。
このあたりのお話は、次回の「ヴァイオリン協奏曲第3番」で、パールマンとチョン・キョンファとグリュミオーの聴き比べを予定していますので、そちらでもう少し突っ込んでみましょう。
さて、「のだめカンタービレ」でにわかクラシック愛好家に転身した俺なので、このディスクに収録されているサラサーテの「カルメン幻想曲」は当然興味の対象、パールマンが「カルメン」をどんな風に料理しているのか、さっそくお手並み拝見といきたいところですが……
「カルメン幻想曲」は、アンネ=ゾフィー・ムター&レヴァイン指揮ウィーン・フィル盤(Deutsche Grammophon)を、先に買っちゃってたんですよね。
だって、クリスマス公演での三木清良のイメージだったら、パールマンよりもムターでしょ? それにサン=サーンス2曲は手持ちのパノラマとダブっちゃうし。
で、いまのところパールマン&メータ盤は見送り。1000円の廉価盤で出ているからすぐに買えないこともないんですが……ぶっちゃけ、もう自分のなかの「のだめカンタービレ」ブームは終わったんで、いまさら積極的に聴きたいとは思わない。それよりもっと多くのサン=サーンスに触れたい気分。
でもパールマンの「序奏とロンド・カプリチオーソ」と「ハバネラ」は、文句なしの名演ですので、「カルメン幻想曲」も、いずれ機会をあらためて購入いたしますです。
さて現在私の手元には、上記パールマン&メータ指揮ニューヨーク・フィルの他に、3種類の「序奏とロンド・カプリチオーソ」があります。
アルテュール・グリュミオー(vn)とマニュエル・ロザンタール指揮コンセール・ラムルー管弦楽団によるPhilips盤。
これは「ヴァイオリン協奏曲第3番」に併録されていた録音です。
ラロ&サン=サーンス:ヴァイオリン協奏曲アルテュール・グリュミオー(ヴァイオリン)
1. ラロ:スペイン交響曲ニ短調 1963年4月 ステレオ録音 Philips |
フランコ=ベルギー楽派のヴァイオリニスト、アルテュール・グリュミオーと本場フランスのオーケストラによる1963年の演奏。
実に艶めかしいグリュミオーのヴァイオリン。むせび泣き、すすり泣く。この人も美音が売り物のヴァイオリニストですが、パールマンのような透明な美しさではなく、濃厚にむせるような匂いが強烈に醸し出され、作曲された時代さえも感じさせる、味わい深い演奏になっています。パールマンのように映画音楽から現代音楽までオールマイティに弾きこなすのではなく、独自のスタイルと楽曲がマッチしたとき最高の至福を与えてくれるタイプのヴァイオリン。
オケの機能はメータ&ニューヨーク・フィルのほうに軍配があがります。
次は、異国アメリカで積極的にフランス音楽を紹介し、豪快かつ華麗な録音を数多く残してくれたシャルル・ミュンシュとボストン交響楽団による往年のRCA録音。独奏は天下の副将軍ダヴィッド・オイストラフ。
こちらも交響曲第3番「オルガン付き」を目当てに購入したら併録されてました。
サン=サーンス:交響曲第3番「オルガン付き」
シャルル・ミュンシュ指揮
1. 交響曲第3番ハ短調「オルガン付き」 1956年4月(1) 1957年11月(2) ステレオ録音 |
ミュンシュ&オイストラフらしい、線の太いサン=サーンスです。まるで黄金時代のハリウッド映画のように、分かり易くダイナミックな演奏。
残念なのはモノラル録音で(それ自体はぜんぜん問題ないのですが)、多少疑似ステレオっぽいリマスタリングが施されていて、ヘッドホンで聴いていると音場がいきなり拡がったりしちゃう部分があります。
最後に、ウルフ・ヘルシャー(vn)&ピエール・デルヴォー指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団。
これは先日ご紹介したEMIの「ピアノ協奏曲全集&ヴァイオリン協奏曲全集」5枚組ボックスに収録されていたもの。
サン=サーンス:Pf協奏曲&Vn協奏曲全集
アルド・チッコリーニ (ピアノ) EMI (5枚組ボックス)輸入盤 |
私はウルフ・ヘルシャーというヴァイオリニストを、このCDセットで初めて知りました。聴き比べをやっていると、こういう未知の演奏家との出会いもあり、思わぬ拾い物に出くわすことも稀にあり、楽しいです。
20世紀音楽史に名を刻む名人級のヴァイオリニストばかり続けて聴いてきたので、少々聴き劣りしますけど、ヘルシャーの演奏もそう悪くないです。ちょっと神経質な音色ですけどね。
このボックスセットを買って良かった点は、「ハバネラ」や「序奏とロンド・カプリチオーソ」のような、録音盤に恵まれた楽曲以外のサン=サーンス作品を、まとめて聴くことができたことですね。
ヘルシャー&デルヴォー指揮ニュー・フィルハーモニアの演奏で、「ヴァイオリンと管弦楽のための演奏会用小品 ト長調」(op.62)、「アンダルシア奇想曲」(op.122)、オラトリオ「ノアの洪水」前奏曲(op.45)、「ヴァルス=カプリース」(op.52-6)、「ロマンス ハ長調」(op.48)、「ロマンス 変ニ長調」(op.37)が収録されています。
これらのヴァイオリン作品を聴いて、サン=サーンスは稀代のメロディメーカーだったのだと、あらためて実感しました。
ホントに素敵なメロディの宝庫なんですよ、サン=サーンス作品は。
パールマンの「序奏とロンド・カプリチオーソ」と「ハバネラ」は素晴らしかったけど、DGパノラマ・シリーズにはヴァイオリン協奏曲が入ってなかったので、パールマン&バレンボイム指揮パリ管弦楽団の「ヴァイオリン協奏曲第3番 ロ短調」(Deutsche Grammophon)を購入。
これが問答無用の絶品で、次のステージへと突入する起爆剤となりました。
ラロ&サン=サーンス:ヴァイオリン協奏曲
イツァーク・パールマン(ヴァイオリン独奏)
1. ラロ:スペイン交響曲 |
長くなったので本日はこれまで。
続きはまた今度……