soe006 ビリー・ワイルダー 「お熱いのがお好き」

「お熱いのがお好き」

February 6, 2004

ビリー・ワイルダーの完璧な脚本と演出、ジャック・レモンとトニー・カーティスの奇抜な演技、マリリン・モンローのキュートな魅力。
30年代に量産されていたギャング映画の趣向をパロった、見所満載、喜劇映画の大傑作。

お熱いのがお好き
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お熱いのがお好き
Some Like It Hot

1959年/アメリカ/126分 (日本公開:1959年4月)
製作・監督:ビリー・ワイルダー
脚本:ビリー・ワイルダー、I・A・L・ダイアモンド
撮影:チャールズ・ラング
音楽:アドルフ・ドイッチェ
音楽監督:マティ・マルネック
美術:テッド・ハワース
編集:アーサー・シュミット
出演:マリリン・モンロー、トニー・カーティス、ジャック・レモン、ジョージ・ラフト、パット・オブライエン、ジョー・E・ブラウン、マティ・マルネック、ジョアン・ショーリー、ビリー・グレイ、ジョージ・E・ストーン、デイヴ・バリー

1台の霊柩車が夜の街を走る。
荷台の中央に置かれた立派な棺桶。
左右に居並ぶ厳めしいツラ構えの男たち。マイク・マズルキ、タイガー・ジョー・マーシュなど、度を過ぎた人相の悪さ。明らかにカタギではない。
背後から追跡してくる黒いセダン。
乗っていた警察官たちが、一斉に窓から身を乗り出し、霊柩車に銃口を向ける。霊柩車の男たちも車内に隠していた機関銃をひっ掴み、激しく応戦。
深夜の街に銃声が響き渡り、大迫力のカーチェイス。
追跡してきた黒塗りセダンがスピンして急停車、間髪を置かず車を降り、遁走する霊柩車に銃弾を浴びせる警官隊。この一糸乱れぬ一連の動作が、スピーディで素晴らしい!

見事に警官隊を振りきった霊柩車。
弾丸によって開けられた棺桶の穴から、液体がこぼれている。
フタを開くと死体はなく、ぎっしり山積みされている酒瓶。
「1929 Chicago」のタイトル。

この導入部だけでも、もう嬉しくって愉しくって、入場料の元を取れたくらい満足してしまうのですが、ここはまだメイン・ストーリーとは関係ない状況設定の部分。
ストーリーはとんでもない方向にツイストしてゆきます。

難を逃れた霊柩車は、葬儀屋の裏口に車を停め、ご禁制の酒を運び入れる。
一方、爪楊枝チャーリー(ジョージ・E・ストーン)の手引きで葬儀屋に潜入するマリガン警部(パット・オブライエン)。
店の者と合い言葉を交わすと、荘厳な曲を奏でていたオルガン奏者が、レバーを引く。隠しドアがスルリと開き……中から溢れてきたのは、狂騒的スウィング・ナンバーの「Sweet Georgia Brown」!
ここで思わずニヤリとしてしまう人は、俺のお友だち。握手しましょう。

このスピーク・イージー(もぐり酒場)、表向きはコーヒーなどのソフトドリンクだけしかメニューにないのですが、コーヒーにもいろいろ種類が御座いまして、スコッチ・コーヒーとかケンタッキー・コーヒーとか、お酒の名前が付いています。
運ばれてきたスコッチ・コーヒーを一口飲んだ警部。そのしかめた表情から、扱っている酒があまり上物ではないことが伺われます。

先ほど銃撃戦を繰り広げていた乾分たちを引き連れて、スパッツ・コロンボ(ジョージ・ラフト)が登場。
スパッツというのは、靴の上部につける布製の埃除けのことで、親分はいつも純白のスパッツを付けています。足元を見ただけで誰だか分かる、キャラクターの象徴(シンボル)として用いられているだけでなく、洒落者でキレイ好きな性格も付与されています。
うっかりスパッツにコーヒー(ウイスキー)をかけた酔っぱらいが、乾分たちにつまみ出される短いショットは、先の警部と密告屋との会話、「俺が密告したってことがバレたら、グッバイ・チャーリー(死体のチャーリー)になっちまうよ」と併せて、親分の冷酷な性格が顕著に示される場面になってます。
(お人柄ってのは、言葉じゃなくて、行動、素振りに出るもんなんだけど、最近のテレビドラマはセリフで人物の紹介しちゃいます。良くないよね。)

スパッツ一味が(いちおう葬儀屋なので)親族用のテーブルについたところで、打ち合わせの時間になり、警官隊が店内に突入。
この騒動に巻き込まれたのが、バンドでテナー・サックスを吹いていたジョー(トニー・カーチス)とベース弾きのジェリー(ジャック・レモン)。
警部が胸に警察のバッジを付けているのをいち早く察知した2人は、裏口から遁走。

逮捕は免れたものの、仕事にあぶれ、アパートの家賃も滞納続き、行きつけの食堂もツケの山。明日からの生活はどうしましょうの2人組。
そこでジョーはコートを質入れして、明日のドッグレースに賭けようと提案。ジェリーは反対しますが……次の場面では、猛吹雪のなかを、コート無しの2人が凍えながら歩いています。
ジョーの口車に乗せられ、いつも酷い目に遭わされているジェリー。
それでも離れられない腐れ縁の2人。
人物設定のお手本のような手際の良さに拍手です。

極寒のシカゴでコート無し、アパートにも帰れず食事もとれない2人は、エージェントを訪ね仕事先を求めます。しかし、どこも人手は足りていて空振り。
ジョーとは因縁浅からぬ仲の女性秘書から、マイアミに巡業するバンドにサックスとベースの欠員があると聞いて喜ぶ2人でしたが、それは女性だけのバンドでした。
からかわれたことを知って腹をたてながらも、学生パーティの仕事を聞き出し、ついでに会場までの往復に女性秘書の車を借用する約束までしてしまうジョーの、女ったらし以外のなにものでもない性格づけも、嫌味がなくて結構。

さっそく車を取りに行った2人でしたが……
運悪く今日は1929年の2月14日、聖ヴァレンタインズ・デイ。
しかも場所はシカゴの駐車場!
2人のミュージシャンは、密告者チャーリーとその仲間たちを始末するスパッツ一味を目撃してしまいます。
この場面、全員を壁に手をつかせ、後ろ向きになったところを機関銃で皆殺しにするし、事件に巻き込まれた一般人もちゃんと用意していて、史実に則した展開。

咄嗟の機転で駐車場から逃げ出したジョーとジェリー。見つかったらバラバラにされるか、コンクリート詰めで海に沈められるか、二つに一つ。
ジョーは窮余の一策を思いつきます。
「変装してシカゴから逃げるんだ」
「付け髭でも付けるのか?」
「逆だ、髭を剃るんだ。あとスネ毛も」
ジョーはエージェントに(裏声で)電話をかけ、マイアミに巡業する女性バンドに応募します。

ここまでがストーリーの発端部分。
「如何にして2人のバンドマンは女装して女性バンドのマイアミ巡業に参加することになったか」についての説明です。
ドイツの舞台劇『Fanfares of Love』から借用した、二人のミュージシャンが変装して女性バンドに潜り込むというアイディアは、成りすましコメディを得意とするワイルダーにとって、最も手腕の発揮できる題材。(原作者としてRobert ThoerenとM. Loganの名前がクレジットされています)

導入部にアル・カポーニの聖ヴァレンタインズ・デイの大虐殺を用意し、無理なく無駄なく展開するシナリオは実にスピーディであります。

女装したジョーとジェリーは、ジョセフィンとダフネと名前を変え、もちろん髭もスネ毛もキレイに剃って、駅へとやって来ます。
そこへ、ウクレレのケースを小脇に抱えたシュガー(マリリン・モンロー)登場。
ニセモノの女(女装したトニー・カーチスとジャック・レモン)の前に、元祖モンロー・ウォークの、もう何処から見ても、女、おんな、オンナ、でしかないモンロー。この対比の素晴らしさ!
モンローの登場で、導入部の暗さは一瞬にして霧散し、映画の雰囲気はすっかり華やかなものに変わります。スター女優のパワァとはこういうものでしょうか。

最初ワイルダーはキャストに、ボブ・ホープとダニー・ケイ、そしてモンローが演じたシュガー役はミッチ・ゲイナーを予定していたそうです。
もしも、あの映画にあの俳優が出演していなかったら、果たして名作と成り得ただろうか?
映画好きがよく話題にしますね。
もし『ローマの休日』がオードリー・ヘプバーン以外の女優で撮影されていたら、今日まで残る作品になっていただろうか、とか……ワイルダーやウィリアム・ワイラーといった名人に掛かれば、他の役者でもそこそこ立派な作品にはなっていたと思いますが、どうでしょう? 俺にもよく分かりません。
この映画の撮影で、ワイルダーとモンローは険悪な関係(後述)となりますが、ワイルダーはその後、彼女のスター性を見直して、パリの娼婦を主人公にした『あなただけ今晩は』のヒロインに、モンローをキャスティングします。
この話は紆余曲折のうちに流れてしまい、ご存知のように映画はシャーリー・マクレーンで撮影されました。
もし、モンローがあの娼婦を演じていたら……想像は楽しいですが、結局俺たちには、残されたフィルムを観ることしか許されていません。
映画作りって、一期一会なんだなぁ。つくづくそう思いますね。

嬉しいことに、シュガー登場シーンのBGMは「Sugar Blues」(Willams/Wagner)のメロディーが流れています。
女性バンドのリーダーの名前はスウィート・スーで、もちろん、バンドのクロージング・テーマには、ヴィクター・ヤングの「Sweet Sue」が演奏されます。
このあたりの選曲はワイルダー自身がやっています。実に粋です。
『昼下りの情事』で音楽顧問だったマッティ・マルネックによると、「1920〜30年代のヒットソングについて、ビリーが溜め込んでいる知識量は、百科辞典に匹敵する」そうです。

スウィート・スーを演じているジョアン・ショーリーは、次のワイルダー映画『アパートの鍵貸します』でも、フレッド・マクマレーの奥さんに浮気の告げ口をする、元愛人の役で出演していましたね。

走り出した列車の車輪と躍動感のある音楽がモンタージュされたのち、車内の演奏シーンに切り替わる編集が実にスムーズ。
ウクレレをかき鳴らしながらシュガーが「Running Wild」を披露します。

さて、マネージャーのビーンストック(デイヴ・バリー)以外は全員女性の列車の中で、成人男性にとっては分かり過ぎるくらい分かる、目に毒な場面が連続展開。
ダフネ(女)の寝室に潜り込んだシュガーが、悶々とするジェリー(男)の身体をさすってやったり、その寝室に下着姿の女の子たちが大勢押し掛け、揉みくちゃにされたり……
天国か地獄か見当もつかない境地。
「俺たちは女なんだから、ヘンな下心は起こすんじゃないぞ」とジョーに釘を刺され、ダフネに成りきろうと、「俺は女だ、俺は女だ……」と唱えるジュリーが爆笑を誘います。

一方、純真でちょっとアタマのたりないシュガーから、「過去に6回もサックス奏者と恋愛して失敗、今度の巡業では成金との出会いを狙っている」と聞いた、女ったらし以外のなにものでもないジョーは急遽計画を変更。このまま女性に化けてバンドに残ろうと言い出します。
ジョーの下心を見抜いているジェリーはもちろん反対ですが、ここでもジョーに押し切られてしまい、2人は一路マイアミへ……。

ここまでが前半。
『お熱いのがお好き』を語り始めたら、徹夜しても語りきれませんね。三日三晩喋っても、まだ喋り足りないくらい、大、大、大好きな「My Favorite Things」なのであります。

マイアミのホテルに到着すると、ダフネは金満家の老人オズグッド・フィールディング3世(ジョー・E・ブラウン)に惚れられ、執拗に付きまとわれます。
一方、ジョセフィンは、盗んでおいたマネージャーの鞄からリゾート用の服と帽子を取りだし着替え始めます。列車の中で「メガネをかけた男が狙い目」と聞いていたので、丸縁メガネも忘れません。但し、イヤリングを外すのを忘れそうになります。
石油会社の御曹司に成りすましたジョーは、さっそくシュガーと接触。(貝殻に注目!)首尾よく彼女のハートを掴んでしまいます。

御曹司の正体を知っているダフネは、ジョーをへこませてやろうと、シュガーの手を取って大急ぎでホテルの部屋に戻ります。この、女を忘れたダフネの走りっぷりが爆笑なのですが、部屋に戻ると浴室から聞こえてくるのはジョセフィンの(下手くそな)ハミング。
いつの間に戻った? と訝しげなダフネ。
素敵な金持ちとの出会いを嬉々として報告するシュガーが可愛い。
だけど、彼女が自分の部屋に戻ると、バスタブから立ち上がるジョー(ジョセフィン)。ここでまたまた大爆笑!
何度観ても大爆笑!

「成りすまし/変装」を扱わせたら、ワイルダーは天下無双の脚本家です!

夜のステージでシュガーが唄う曲は、「I Want to be Loved by You(愛されたいのに)」。役名(シュガー・ケーン)や曲名から察せられるように、これはヘレン・ケーンのパロディで、モンローはヘレンの唄い方を真似たうえに、ププピドゥのスキャットも披露します。

ヘレン・ケーン Helen Kane 1904-1966
1930年代に一世を風靡したベビー・ヴォイスの歌手。
ブロンクス生まれ。
17歳のときマルクス・ブラザースの舞台で芸能界にデビュー。
1928年の「I Want to be Loved by You」が大ヒットし、パラマウントと契約、『スウィーティー(Sweetie:1929年)』、『レヴュー結婚(Pointed Heels:1929年)』、『パラマウント・オン・パレイド(Paramount on Parade:1930年)』、『ピストル娘(Dangerous Nan McGrew:1930年)』、『海上ジャズ大学(Heads Up:1930年)』などに出演。
フライシャー兄弟のアニメ・キャラクター「ベティ・ブープ Betty Boop」のモデルでもあります。
1950年にMGMが製作したバート・カルマーとハリイ・ルビイの伝記ミュージカル『土曜は貴方に(Three Little Words)』では、デビー・レイノルズがヘレン・ケーンに扮して「I Want to be Loved by You」を唄い、ププピドゥを再現していました。(この場面は『ザッツ・エンタテインメント』でも観ることができますが、デビー・レイノルズは、歌がケーン本人の吹き替えだったことをバラしていました)

……とか、横道に逸れてばかりだから、
話がなかなか先に進まないんだよね。(反省)

夜のステージ終了後、御曹司はオズグッド3世の豪華なヨットにシュガーを誘い出し、ダフネはオズグッド3世を陸に引き止めるため夜通しタンゴ(曲は「La Cumparsita」)を踊ります。
素早くパンして2組のカップルを交互に対比させる構成が絶妙。
如何なる女性の情熱にも不感症だと嘆く御曹司。
同情したシュガーが猛烈なキッス療法でお熱いラブ・シーンを繰り広げるのが最大の見せ場。
ところが……

このラブ・シーンについてトニー・カーチスは、「ヒトラーとキスしてるようだった」と語っています。
そもそも、この映画をモノクロームで撮影するのに反対だったモンローは、撮影期間中、終始機嫌が悪く、ナチスの迫害を逃れてベルリンからパリに移り、やがて言葉も通じないアメリカに渡ったユダヤ人のワイルダーに向かって、「独裁者」と呼ぶほど敵意を顕わにしていました。

ワイルダーの母親はアウシュビッツで殺されています。そのような経緯もあって、ワイルダーは生前、『シンドラーのリスト』の映画化に情熱を燃やしていました。それはまた別の話。

モンローが遅刻の常習犯なのは、撮影前から分かっていたことでしたが、衣装合わせでも約束の時間に2時間遅れで現れ、撮影中は初日から連日遅刻。
「一度として彼女が時間どおりに来たことはなかった。共演者も、カメラマンも、みんなげっそりしてしまう。彼女がいないと撮影できないのだから、座って待つしかない。彼女の遅刻のせいで、何千ドルの金がみんなの前で消えてゆく。そうなるとスタッフの士気にも悪影響を及ぼす。塹壕戦みたいに、ただもう座り込んで、なにかが起こるのを待つだけだ」「調子の良い日だと、彼女は午前9時の招集に午前11時に現れた。調子の悪いときは……それが普通だったけど……昼休みのあとでないと現れない。彼女待ちの長い時間をつぶすのは、まるで拷問のようだった」 (トニー・カーチスのインタビューより)

ベテランのワイルダーですから、スター俳優の扱いについては熟知しています。「激しい気質や強烈な自我は俳優なら珍しいことじゃない。甘やかすなり放っぽらかすなり、調子を合わせてやればなんとかなった。だけど、マリリンほど支離滅裂で出鱈目な性格と仕事ぶりは前代未聞だった」

また、モンローは理由もなくセリフをとちりました。
女装したレモンとカーチスがいる部屋に彼女が入ってきて、ウイスキーが入った水枕を探しながら、「バーボンはどこ?」と訊ねるシーン。彼女はこの簡単で短いセリフが言えなくて、「ウイスキーはどこ?」、「ボンボンはどこ?」、「ボトルはどこ?」……テイクに次ぐテイクが重ねられました。
第10テイクを過ぎてもまだ調子が乗ってこない。30、40と繰り返しているうち、次第に良くなってくる。この映画では、最大第59テイクを費やして撮られたシーンがあるそうです。

トニー・カーチスは時間どうりにスタジオに現れ、セリフ覚えも完璧で、本番の第1テイクか第2テイクで最高の演技が引き出せるよう習練を積んだプロフェッショナルな俳優でした。
モンローとの共演場面で、テイクが重ねられていくたびに、カーチスの精彩は失われてゆきます。
逆にモンローのほうはだんだん元気になってくる。
ラッシュを見ると、始めのほうのテイクで溌剌としていたカーチスが、あとになるに従って演技が萎んでいるのが明らかです。それでもワイルダーは、(映画の性格上)モンロー主体でしかOKテイクを決めることが出来ません。

いつも強気のワイルダーでしたが、この撮影中に、ついに弱音を漏らします。
「背中が痛くて死にそうだよ」
これを耳にしたモンローは、演技指導で付き添っていたアクターズ・スタジオのポーラ・ストラスバーグに言いました。
「あの人はね、私にすまないと思わせたくて、仮病を使って見せているのよ。嘘つきなのよ……痛みを感じるのはマリリン・モンローだけなのよ!」

1958年11月6日。ワイルダーの奥さん、オードリー・ワイルダーは、映画の完成を祝ってささやかなディナー・パーティを催しました。招かれたのは20人くらいで、ジャック・レモンやトニー・カーチスもその中に入っていましたが、モンローに誘いの声はかけられませんでした。
モンローにはその理由が理解できません。
製作が予定より大幅に遅れたことも、予算が50万ドルも超過し、ミリッシュ兄弟(製作者)が破産寸前になっていることも、理解できません。
(総製作費は、当時の喜劇映画としては破格の280万ドル)

当然、烈火の如き罵詈雑言をマスコミにぶちまけます。

クチの達者なワイルダーも、黙っているわけがなく、撮影中はタマゴの殻の上を歩くかのようにデリケートな扱いをしていたストレスを、一気にぶちまけます。(以下の発言は、「ヘラルド・トリビューン」誌のインタビューより)
「モンロー主演の映画を2本も撮ったのは私だけだ。映画監督協会から(戦傷者に与えられる)パープル・ハート勲章を貰いたい」
「食欲も回復したし、背中の痛みもなくなった。女房と顔を合わせても、(マリリンと)同じ女性だからって理由で殴りかかることもなくなった」
「(もう一度マリリンと映画を撮ることについては)主治医と精神分析医とも相談したが、私は金もあり高齢でもあることから、もう無理だろうというのが彼らの意見だ」

この諍いの犠牲となったのが、当時、モンローと結婚していたアーサー・ミラー。
撮影終了後にモンローは子宮外妊娠で流産してしまい、そうした因縁も絡んで激しい口調でワイルダーを攻撃しました。

この辺りのやりとりは大変興味深く面白いのですが、あまり引用ばっかりやってると著作権法に引っ掛かるので、関心のある方はモーリス・ゾロトウ著「ビリー・ワイルダー イン・ハリウッド」(河原畑寧:訳/日本テレビ出版)をお読みください。

以上のような劣悪な条件で撮影されたにもかかわらず、この映画、そのような経緯を微塵も感じさせない面白い映画に仕上がっています。
やっぱ、映画は脚本なんだなぁ、とつくづく思い知らされます。
キャラクター描写、テンポの良い構成、巧みなセリフ、さりげなく強力な伏線。
名人芸とはこのことでしょう。
それに、小道具の使い方が素晴らしいことも特筆しておかなきゃ!
棺桶、スパッツ、コート、ウッドベース、水枕とシンバル、非常ブレーキ、眼鏡、貝殻(あなたも笑ったでしょ!)、バラの花(ここでも笑ったでしょ!)、マラカス、ケーキ、ダイヤのブレスレット……
小道具を並べるだけでストーリーが語れますね。

さて、ストーリーの方はと申しますと。
豪華ヨットで首尾良く目的を果たしたジョーがホテルに戻ってみると……
完全にダフネ化したジェリーが、マラカスを振り回して浮かれている。

ジジイと婚約したんだ。ズンチャッチャッチャッ……」

もうワケが分からない可笑しさに、お腹がよじれてしまいます。
成りすましと変装でグジャグジャになった状況(でも観ている側にはスンナリ受け入れられていることの不思議!)を一変させる事件が起こり、ストーリーは軌道修正されます。
マイアミのホテルに、あのシカゴの親分、スパッツが現れたのです。
2人がスパッツを発見するこの場面も、小道具の効果(コンパクト→スパッツの連係プレイ)が抜群ですね。

見ると、ホテルのロビーに掲げられた横断幕には、「イタリア・オペラ 友の会」の文字が!
このホテルで、イタリア系ギャング(マフィア)の集会が行われることになっていたわけです。
なんという偶然、なんというご都合主義!……などと無粋なことは申しません。
ここはギャハハ、と笑って観るのが大人です。

オペラの会の受付で、コインを弄んでいるチンピラに、「お遊びはよしな」とニラミを利かせるスパッツ親分。ここでまたニヤリとした人は、お友だちです。こんど飯を奢らせてください。

ジョージ・ラフト演じるスパッツ親分、実は『暗黒街の顔役』(1932年)で彼自身が演じていたギャング役のパロディなんですね。コインを指で弾いて弄ぶのは、そのときのキャラクターのクセで、ギャング映画のファンなら誰もが知っている仕草なわけです。
でね、この『暗黒街の顔役』って映画なんですが、ポール・ムニが演じていた主人公のモデルは、「聖ヴァレンタインズ・デイの惨劇」の首謀者、アル・カポーニなんですよ。
楽屋オチのパロディにまで伏線が張ってあるなんて!
ワイルダー旦那、凝りに凝ってますなぁ。

ジョージ・ラフト George Raft 1895-1980
ニューヨークの貧民街の生まれ。
映画界に足を踏み入れる前は、本当に暗黒街の住人で、ダンス・ジゴロとかやっていたそうです。
裏社会の顔役の口利きで映画に出演するようになったとのことで、『突貫勘太』(1931年)でデビュー。翌32年製作の『暗黒街の顔役』では、主役のポール・ムニを差し置いて人気者になってしまいました。
出演作は他に、『80日間世界一周』(1956年)、『007/カジノ・ロワイヤル』(1967年)など。
1973年のワイルダー映画『お熱い夜をあなたに』でもちょっとだけ顔を見せています。
ちなみに、『暗黒街の顔役』の原題は、「Scarface」。ブライアン・デ・パルマが1983年にリメイクした『スカーフェイス』の元ネタ映画です。

……また脱線してる?

当然のようにジョセフィンとダフネの変装はギャングたちに見破られ、ここからはスラップスティック喜劇の原点に戻って、逃げる、逃げる、また逃げる、ルーティンどおりのドタバタとなります。
その結果、ジョーとジェリーが逃げ込んだのが、よりにもよって「イタリア・オペラ 友の会」の会場。しかも、2人が隠れているのはスパッツ親分の席の下。動くに動けなくなっちゃう。

イタリア・マフィアを牛耳っているボナパルト親分は、スパッツが独断でチャーリー一味を始末したこと、その現場にいた2人の目撃者(ジョーとジェリー)を見逃してしまったことを快く思っていません。この場で生意気な野郎を制裁しようと企んでいる。 サプライズ・パーティの巨大ケーキが運ばれてきて、中に隠れていた刺客が、スパッツと乾分たちをハチの巣にしてしまう
またもや殺人事件の目撃者となってしまったジョーとジェリーは、慌てて逃げ出す。

さて物語の顛末はどうなりますことやら。
……ってここまで書いちゃったらネタバレだろ、って心配はご無用。

俺ね、この映画、映画館で3回観て、そのあとビデオとかレーザーディスクなんかで10回以上観ているけど、何度観ても面白いのよ。
ストーリー全部分かっていても、面白い。
ダンゼン、面白い。
誰がなんと言おうと面白い。
この映画に限っては、ネタバレとか関係なしに面白いんですよ。

まだ1度も観たことないって人は倖せです。
新鮮な出会いがありますからね。
以前観たことあるって人も、もう一度観てくださいね。
ホントに面白いんだから。
10回以上観てるよって人はお友だちです。
三日三晩、徹夜で語りあかしましょう!

なにからなにまで完璧な映画ですが、一つだけ欠点があります。

観終わったあと、なにも心に残らない。

Well, nobody's perfect
完璧な人間なんていやしないさ

ただひたすら面白いだけの映画。
こんな映画、ザラにはないですよ。

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