ディミトリ・ティオムキン 「赤い河」

ディミトリ・ティオムキン 「赤い河」

July 1, 2005

FM福岡の「ユア・スクリーン・ミュージック」は、毎年6月と12月に、リスナー投票による映画音楽ベストテンを実施している。
1994年12月は、ウエスタン・フィルムだけを対象にした「西部劇テーマ・ベスト50」で、ヴィクター・ヤングによる『シェーン』の「遙かなる山の呼び声」が第1位を獲得した。
しかしダントツに人気が高かった作曲家はディミトリ・ティオムキンで、『真昼の決闘』の主題歌、『OK牧場の決斗』の主題歌、『リオ・ブラボー』より「ライフルと愛馬」、『友情ある説得』の主題歌、『アラモ』から「遙かなるアラモ」と「皆殺しの唄」と「アラモの唄」の3曲、TV『ローハイド』の主題歌、『許されざる者』の主題歌と、ベスト50のうち9曲がティオムキン作品で占められていた。
西部劇の音楽=ティオムキンの主題歌という図式は、1960年にエルマー・バーンステインの『荒野の七人』が登場するまで、ハリウッドの常識だった。

ディミトリ・ティオムキン Dimitri Tiomkin (1894-1979)
ティオムキンはロシア・ウクライナ地方出身。父親は医者、母親はピアニストという恵まれた家庭に育ち、(たぶん母親の影響から)セント・ペテルブルグの音楽院に入学、アレクサンドル・グラズノフに師事する。グラズノフは、ロシア五人組が解体した後もアフリカなどの民族音楽を取り入れた自由で野心的な作品を発表しており、その奔放な行動は、若き日のティオムキンに少なからず影響を与えたことと思う。
ピアノ専攻のティオムキンは、学生時代、アルバイトで映画館のピアノ弾き(サイレント映画の伴奏)をやっていた。映画のどんな場面にどんな音楽が付いたとき観客は興奮し感動するのか、ティオムキンは映画における音楽の役割を、このとき肌で学んだに違いない。
コンサート・ピアニストとして身を立てるため、ティオムキンは革命後の動揺が残るロシアを離れベルリンに赴く。やがてベルリン・フィルのピアニストとしてヨーロッパ各地を巡業し、オーストリア人のバレリーナ、アルベルティナ・ラッシュと結婚。これが人生の転機をもたらす。

1925年、アルベルティナのアメリカ公演に同行したティオムキンは、ここでアメリカン・ショウビジネスのイロハを学んだ。手を怪我してピアニストを断念せざるを得なくなったティオムキンに、作曲に転向してハリウッド入りするのを強く薦めたのは妻のアルベルティナだったという。彼の映画音楽デビューは、奥さんが主演したMGM製作のバレエ映画だった。このときのギャラが3000ドル。以来、ティオムキンは映画音楽の作曲家に専念する。
ティオムキンの本格デビューは、1937年の超大作『失はれた地平線』。コロムビア映画の上層部は、新人の起用に反対だったが、フランク・キャプラ監督の英断によって決定した。プロダクションとの交渉には、奥さんの力添えもあったらしい。映画は大成功をおさめ、キャプラとのコンビは『我が家の楽園』(1938年)から『素晴らしき哉!人生』(1946年)まで続く。
ディミトリ・ティオムキンの名前がハリウッドの一流作曲家のリストに加えられたのは、1947年のデヴィット・セルズニック製作による『白昼の決闘』によってだった。セルズニックはこの超大作を『風と共に去りぬ』も凌駕するビッグ・ムービーに仕立てる野心に燃えており、音楽にも格別の配慮がなされた。 90人編成のオーケストラ(インディアン・トムトムなどの打楽器41名を含む)と約100名の合唱隊が組織され、ティオムキン節と呼ばれるメロディックで多様なテーマが、ドラマをエモーショナルに盛り上げた。(但し、セルズニック自身がピッコロの音色が嫌いだったので、この楽器だけはオーケストラから除かれている)。
また、この映画音楽はアーサー・フィドラー指揮ボストン・ポップスによって録音され、3枚組アルバム(SP盤)としてリリースされた。
『白昼の決闘』で俄然注目されるようになったティオムキンが、その翌年に担当したのが『赤い河』。以後、『真昼の決闘』、『ジャイアンツ』、『OK牧場の決斗』、『友情ある説得』、『アラモ』、『リオ・ブラボー』、TV『ローハイド』など、今日に残るウエスタンの名曲を残してゆく。

ディミトリ・ティオムキン:「赤い河」
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ディミトリ・ティオムキン:「赤い河」
ストロンバーグ指揮モスクワ交響楽団

(Marco Polo/Naxos 8.557699)
1. Main Title (01:30)
2. Dunson Heads South (04:46)
3. Red River Camp (01:28)
4. The Red Menace Strikes (01:34)
5. The Lone Survivor (02:15)
6. Birth of Red River D (03:15)
7. Mexican Burial (00:58)
8. Growth of the Dunson Empire (01:46)
9. Roundup (00:27)
10. Suspense At Dawn (01:07)
11. On To Missouri (01:35)
12. The Drive Moves North (03:03)
13. The Brazos Trail (00:30)
14. Stampede (02:45)
15. The Missing Cowboy (02:36)
16. Latimer Burial (01:01)
17. Thunder On The Trail (00:44)
18. Red River Ahead (01:25)
19. Red River Crossing (02:01)
20. Cottonwood Justice (00:59)
21. Dunson Swears Vengeance (01:24)
22. Comanche Arrows (00:39)
23. In Wait (01:34)
24. Fight For Life (02:19)
25. Vigil In The Night (01:01)
26. Foggy Night Surrender (01:54)
27. The Spectre Takes Form (00:43)
28. Interlude (00:21)
29. Out Of The Past (01:47)
30. Memory Of Love (01:30)
31. A Joyous Meeting (01:53)
32. Approach To Abilene (01:49)
33. A Big Day Of Abilene (01:39)
34. The Spectre Closes In (01:01)
35. A Message For Matt (02:49)
36. The Challenge (03:22)
37. The New Brand (02:21)
(total time: 64:10)

Composer by Dimitri Tiomkin
Score Restoration by John Morgan
Conductor by William Stromberg
Moscow Symphony Choir & Orchestra
Recorded at Mosfilm Studio, Moscow, Russia
in February-March 2002

もっともアメリカ的といわれる西部劇の音楽を書くことについて、ティオムキン自身は、「見渡す限りの大平原を馬に乗って駆けまわる、そのような光景なら故郷のウクライナ地方にもありました。大草原は、世界中どこでも大草原であることに変わりありません」と語っている。
そしてこのたびロシア人が書いた西部劇の音楽は、54年の歳月を経て、モスクワのスタジオでロシア人によって演奏されたわけだが、録音に参加したホルン奏者は、「オーケストラ全体に、チャイコフスキー、ラフマニノフ、プロコフィエフに通じるロシア風のテーマが感じられる」と答えている。
これはいったい、どういうことだろう? 我々が、もっとも西部劇らしい(アメリカらしいと言い換えてもよい)と感じているティオムキンの音楽は、ロシアの大草原を背景としても成立するということなのか?
そのような疑問を片隅に置いて聴き返してみると、なるほど、14曲目の「牛群の暴走 Stampede」は、ムソルグスキーの「禿山の一夜」に似ていなくもない。

ティオムキンは大編成の管弦楽(しかも合唱付)を得意としたが、人気が高かったのは西部劇に付けられた主題歌だった。テックス・リッターやフランキー・レインなどの男性歌手によって唄われる雄々しい歌曲は、常にヒットチャートの上位に輝き、世界中で大ヒットした。メロディが力強く馴染みやすいのが最大のセールス・ポイントで、後続のエルマー・バーンステインやマカロニ・ウエスタンにも、ティオムキンの影響は顕著に見ることができる。もし、ティオムキンが『白昼の決闘』を担当していなかったら、西部劇の音楽はまったく違うものになっていたかも知れない。
このようにメロディックなテーマが人気のティオムキンだが、彼自身は、映画音楽はあくまでも映画のためにあるべきだと考え、コンサート用音楽とは切り離して映画音楽の作曲活動を続けた。そのようなポリシーもあってか、ティオムキンは約160本の映画に音楽を提供しているが、主題歌のレコードは発売されても、スコア音楽のレコードはほとんど制作されていない。

ティオムキンの映画音楽は、しばしばミッキーマウジングだと言われてきた。なるほど映画全編に背景音楽がびっしりと貼り付けられているものが多い。しかし、例えば(ティオムキン登場以前に山のように西部劇音楽を書いていた)マックス・スタイナーと比較すれば、メロディの流れや組み合わせ方が格段にスムーズである。効果音的なブリッジはあまり用いられていない。今回コンプリート収録された『赤い河』を聴いて気づいたが、用意された幾つかの(魅力的で強く印象に残る)テーマやモチーフは、場面に合わせて安易に貼り付けられているのではなく、状況に応じて巧みに編曲されており、ストーリーの起伏と平行して発展している。個人的に、これが(聴くための)映画音楽の理想の形式だと思う。

このCDは、フィルム(サウンドトラック)からのスコアをジョン・モーガンが採譜(リストラクション)し、2002年にウィリアム・ストロンバーグ指揮モスクワ交響楽団&男性合唱団によって演奏されたコンプリート録音盤である。映画の進行順に並べられた64分10秒/37トラックは、丁寧に編集・構成されているので、全体を自然な流れで聴くことができる。
映画公開から実に54年の歳月を経ての登場に、リリース情報を知ったときは胸が高鳴り、配達されるのをわくわくして待った。
はたしてスピーカーから溢れてきた音楽は……

素晴らしい。

メインタイトル冒頭の、ホルンのファンファーレが聞こえた瞬間、長生きしていて良かったと神に感謝。続いて「セトル・ダウン」が男声コーラスによって力強く高らかに歌い上げられ、これは傑作だと確信。伴奏にちゃんとバンジョーも入っている。ジョン・モーガンの採譜に抜かりはない。ティンパニー3セットを含む打楽器群乱れ打ちに管楽器群が吠えまくる「牛群の暴走 Stampede」など、複雑極まりないスコアをよくぞここまで復元したと感謝感激。
これは海外(米国)のウェブサイトで指摘されていたことだが、英語を解さないロシア人による合唱なので、発音がデタラメ、歌詞が不明瞭なところがある(らしい)。こちらも英語を解さない日本人なので、あまり気にならなかったが、フランツ・ワックスマンの『サヨナラ』(主題歌の作詞作曲はアーヴィング・ヴァーリン)の例をあげるまでもなく、言語の異なる外国人歌手に唄われると多少の違和感が出るのは仕方ないところだろう。

『赤い河』では、他のティオムキン作品と同様、幾つかの魅力的なテーマ(モチーフ)が用意されている。メインタイトルはじめ随所で唄われる「セトル・ダウン」は、後に『リオ・ブラボー』の挿入歌「ライフルと愛馬」(歌詞は変えられ、映画ではディーン・マーチンとリッキー・ネルソンが唄っている)となった。ディノのレコードがヒットしたので一般的に『リオ・ブラボー』の曲として認知されているが、こちらがオリジナル。
他にキャトル・ドライヴの背景に用いられるテーマ、二人の女性(フェンとテス)に絡む愛のテーマ、不気味なインディアンのテーマが強く印象に残る。

マルコポーロは、映画音楽を専門にしているレーベルではないが、フィルム・ミュージック・クラシックスと銘打ったシリーズは、これまで40枚近くリリースされている。当初はオネゲルやショスタコーヴィッチなどのヨーロッパの巨匠作品が多かったが、ジョン・モーガンのリコンストラクト、ウィリアム・ストロンバーグ指揮モスクワ・シンフォニーがレーベルの常連となってからは、黄金期のハリウッド作品を多く採りあげるようになった。音盤化されていない往年の映画音楽を発掘し再録音するというスタンスが好ましく、フィルムのサウンドトラックに忠実な演奏も良い。個人的には、チャールズ・ゲルハルト指揮ナショナル・フィルによるRCA盤の続編という感じがして、贔屓のレーベルだった。

ここに紹介しているCDは、今年(2005年)2月に、親会社のナクソスから廉価盤で再発売されたもの。マルコポーロのオリジナル盤は2003年6月にリリースされたが、ブックレットに掲載していたポスターやスチル写真の版権がクリアされていなかったため、北米では発売直後に回収されてしまった。もっとも、ヨーロッパやアジアでは販売可能らしく、現在でもインターネット通販などで入手可能(Amazon.co.jpでは廃盤扱い)。
このトラブルが堪えたのか、コルンゴルトの『ロビン・フッドの冒険』(2003年9月リリース)を最後に、マルコポーロは映画音楽のリリースを中断している。フィルム・ミュージック・クラシック・シリーズの(現在のところ)最終録音となってしまったマックス・スタイナーの『マーク・トゥエインの冒険』は、 2004年9月にナクソスより、いきなり廉価盤で発売された。
活動再開を強く望むところである。

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