soe006 日本映画について 其の脂

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日本映画について 其の脂

May 5, 2004

昭和30年代後半、
テレビの普及によって、日本の映画ビジネスは一変した。

更に追い打ちをかけたのが、1980年代半ばから急速に台頭してきたレンタル・ビデオ屋だ。
この、いつでも時間が空いたときに自分の好きな映画を、CMなしノーカットで、しかも300〜500円という安価な値段で観られるシステムは、瞬く間に一般に普及した。

過去の名作・話題作は次々とビデオ化され、新作映画も公開から半年〜1年でレンタル屋の棚に並んでしまう。
それが当たり前の状況になったとき、安い契約(旧作の配給は、原則的に配給会社の宣伝がいらないのでフィルムのレンタル代だけ)によって辛うじて経営が続いていた二番館と名画座はその役割を終え、次々と閉館していった。

新しいビジネスが開拓されると、そこに蝿のように群がってくる山師は、古今東西、枚挙に暇がない。
ときはバブル真っ盛りの経済大国ニッポン。
一攫千金を夢見て、狭い貸しオフィスに電話1本引いただけの個人経営の会社も現れた。
巨大商社丸紅までもが、サミュエル・ゴールドウィン作品のビデオ販売に乗り出してくる始末。
内外の映画会社は、新参者に利権を奪われてはならじと、ビデオ部門を設立。自分たちが製作配給した映画については、すべて自社で製造販売する自衛策をとる。
日本映画に限っていえば、ビデオを販売している会社の母体は映画会社なので、軒を貸して母屋を取られるような莫迦な真似はしたくない。
また、興行(映画館)にとって、映画会社が自らビデオを売るのは、二重売りに等しい。買った映画を別の場所で安売りされたんじゃ堪らない。映画会社は、あくまでも公開時の興行収入で勝負するのが筋。ビデオ化される作品は、過去の遺産であり、ビデオからの収入は余録として考えておきたい。
我が国のメジャー会社がビデオ化に消極的であり、ハリウッド産と比較して割高な(好きな人だけ買ってくれればよい)価格を設定しているのには、そんな映画屋の気骨あふれる理由もある。(日本映画はハリウッド製に比べて人気がないから、安く作っても売れない、在庫ばかり増えて商売にならない……というのが本当だろうけど)

さて、内外のメジャー作品をほとんど押さえられてしまったビデオ・メーカーは、日本未公開のインデペンデント作品に活路を求めた。知られざる名作の発掘である。
有名監督/有名俳優がブレイクする前の貴重な作品など、話題になりそうなもの(当たりそうなもの)ならなんでも買い付けに走った。
しかしながら、百戦錬磨の映画のプロフェッショナルたちが見放していた作品群である。
ほとんどクズ同然の映画しか見つからない。
なかには、当サイトでべた褒めしているラッセ・ハルストレムの『やかまし村の子どもたち』のような珠玉の名作もあったし、一部のホラー作品はカルトなマニアに喜ばれたりもした。
しかし如何せんクズが多すぎた。悪貨は良貨を駆逐する。消費者も莫迦ではない。パッケージに<日本未公開>とあるビデオは、借り手がいなくなってしまった。
何度も言うが、日本人は自分の価値判断に自信がない。みんなが観ていないビデオは(自分の目で確かめる前から)観る価値のないものだと決めつけてしまう。自分だけの名作を発見しようなんてゆとりは持ちあわせていない。また、多少自立心と冒険心のある映画好きの人も、あまりのクズの多さに、<日本未公開>を敬遠するようになってしまった。

そこで、ビデオ・メーカーは自ら映画を劇場公開し、パッケージから<日本未公開>の5文字を<劇場公開作品>の6文字に書き替える作戦に出た。
客席数の少ないミニ・シアターで、客の入りが期待できる週末以外の平日に、5日間のレイトショー公開……これでビデオのパッケージに、堂々と<劇場公開作品>と印刷できるという寸法だ。

これも昭和40年以降、それまでアンタッチャブルだった日本の映画産業が崩壊したからこそ出来た離れ業のひとつであり、近年、日本公開の外国映画の本数が激増している理由のひとつでもある。

既成事実を作るだけだから、最初っから劇場でのヒットは狙っていない。宣伝もほとんどしない。そもそも新参のビデオ・メーカーに、配給会社がやってるような宣伝が出来るノウハウはない。

いっぽう、撮影所の縮小で仕事が減っていた映画人も、ビデオに活路を見いだしていた。
ご存知、ビデオ・シネマの誕生である。(Vシネマ=Vシネは東映ビデオの商標。オリジナル・ビデオ=OVというのが正式名称らしい)
ビデオ・シネマと言ってもビデオ撮影の作品ばかりではない。フィルムで撮影された作品も多く含まれている。ビデオ販売(レンタル)されることを目的として製作される映画、と位置づけするのが適当。
中身はかつてのプログラム・ピクチャアと同じで、低予算で製作される娯楽作品。テレビ・ドラマと差別化するために、裏社会を扱ったものや、エロティックな描写のあるものが多い。低予算とはいえ、映画職人たちの手によって作られているので、一般公開されている(低予算の)映画と本質的に違いはない。
一般公開される映画と大きく異なるのは、劇場公開しないので興行部門(映画館)とは関係ない位置にあり、配給部門を通さずに公開される(レンタル屋に並ぶ)ので宣伝費が(劇場公開作品ほど)かからない、という点である。

しかし、こちらも最初の頃の勢いはなく、一部の人気シリーズを除いて、軒並み売り上げが落ちている。
そこで……やはり<劇場公開作品>の6文字で箔をつけるべく、海外ビデオのケースと同じく、小規模の劇場公開を行う。

<日本未公開>または<オリジナル・ビデオ作品>と、<劇場公開作品>とでは、そんなに違うのだろうか?
詳しくは知らないが、レンタル屋の店員によれば、「ぜんぜん違いますよ」ということだった。
劇場公開、やるからにはやるだけの理由があるのだろう。

さて、ビデオ販売が目的の劇場公開、上映する劇場側の気持は複雑だ。なにしろレンタル・ビデオは、映画館にとって最大の敵なのだから。
それに、ビデオの販売促進を目的とした(一種の手続きとしての)劇場公開だからロクな宣伝もやっていない。実際に観客動員は限りなくゼロに近い。

どうしてそんなもの上映するの?
そんなんじゃ劇場は赤字になっちゃうでしょ?

……と、ここまできて、話題は昨日の続きとなる。
(なんだかタランティーノの映画みたいだなぁ)

大量前売りシステムや、ビデオ販促のデモンストレーション公開で上映する映画は、(全部がそうではないが……)客の入りは良くない。
それでも映画館は上映している。

何故だ?

ガラガラの映画館に隠された、日本映画産業衰退の秘密とは!

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