チェロ協奏曲 ロ短調 作品104
このようなチェロ協奏曲が人間の手で書けるということに、どうして私は気付かなかったのだろう。もし知っていたならば、私自身が先に書いていたのに!(ヨハネス・ブラームス)
ニューヨーク・ナショナル音楽院で学院長を務めていたアントニン・ドヴォルザークは、1894年3月カーネギーホールで、ニューヨーク・フィルハーモニックが演奏するヴィクター・ハバード作曲「チェロ協奏曲第2番」を聴き、その幅広い音域の効果に魅了されて、以前からプラハ音楽院のチェロ教師ハンス・ヴィーハンより頼まれていた「チェロ協奏曲」に着手する。
作曲はニューヨークで行われ、ボストン交響楽団の首席チェリスト、アルヴィン・シュレーダーより技術面のアドバイスを得て、1895年2月にほぼ完成。
その後、チェコに帰国したドヴォルザークは、作曲を依頼したハンス・ヴィーハンにこの協奏曲を献呈したが、ヴィーハンは終楽章のカデンツァ部分など数ヶ所に独自の創作を加えようとしたため、楽譜出版の際にトラブルが発生。
ドヴォルザークはジムロック社に「たとえ友人のヴィーハンであろうとも、私の許可なしにこの作品に変更を加えてはならない。私の書いたままの形で出版してください」という内容の手紙を送っている。
そのような経緯もあったせいか、ヴィーハンは初演に関わっていない。
初演: 1896年3月19日。作曲者自身の指揮によるロンドン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏。チェロ独奏はイギリス人のレオ・スターン。
楽器編成: 独奏チェロ、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、トライアングル、シンバル、弦5部
楽曲構成:
第1楽章 アレグロ
太くたくましい第1主題と、ホルンによって提示される朗々とした旋律の第2主題。
第2楽章 アダージョ・マ・ノン・トロッポ
静かな沈黙、独奏チェロのための短いカデンツァを含む。
第3楽章 アレグロ・モデラートのフィナーレ
行進曲のような性格を持った楽章。1楽章と2楽章を回想しながら、独奏チェロは徐々にピアニッシモで消え去り、最後の数小節はオーケストラによって嵐のように激しく終わる。独奏チェロとコンサートマスターによる二重奏もある。
演奏時間:約38分
解説書などでは、ドヴォルザークのアメリカ時代の傑作として、「交響曲第9番 ホ短調 新世界より」「弦楽四重奏曲第12番 ヘ長調 アメリカ」と並べて、まるで3部作のように書かれていることもありますが……どうなんでしょう?
確かにニューヨーク時代にほぼ完成されていた作品(チェコに帰国後、ヴィーハンの助言によって独奏部分を書き換えたそうですが)ではありますが、チェロ協奏曲には「新世界より」や「弦楽四重奏曲第12番」のような、黒人霊歌や先住民の民謡からダイレクトに影響を受けたような部分は見受けられません。内容はアメリカとは無関係。もしこの曲にそういった感じがあるとすれば、それはボヘミア(チェコ)の民族音楽にはアメリカ土着音楽と共通している部分が大きいからではないかと。
ともあれ、冒頭にあげたブラームスの讃辞(嫉妬?)が示しているように、これはドヴォルザークの代表作であり、古今のチェロ協奏曲のなかでも人気ナンバーワンの名曲であります。
ちなみに、チェロ独奏の協奏曲で人気が高く演奏・録音が多いのは、ハイドン、ボッケリーニ、シューマン、サン=サーンス、ラロ、エルガーあたり。協奏曲ではありませんが、チャイコフスキーの「ロココ主題による変奏曲」も比較的録音盤が多いですね。
あとは反則技ですが、ベートーヴェンの「ヴァイオリン、チェロ、ピアノのための三重協奏曲」とブラームスの「ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲」、リヒャルト・シュトラウスのチェロ独奏つき交響詩「ドン・キホーテ」くらいが、ポピュラーなチェロとオーケストラのための楽曲です。
10作品あるかないかの数ですので、ドヴォルザークが気に入った方は、この際、他の作曲家のチェロ協奏曲もまとめて聴いてみてはいかがでしょうか。
推薦盤のトップバッターは、正規録音だけでも生涯6回行っている、ロシアの巨匠ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ。
ドヴォルザーク:チェロ協奏曲ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(チェロ) 1. ドヴォルザーク:チェロ協奏曲 ロ短調 作品104 1968年 ステレオ録音 Deutsche Grammophon |
やはりドヴォコンはロストロで決まりでしょう。
1977年のジュリーニとの共演盤(EMI)、1985年の小澤征爾との共演盤(Erato)と3枚並べて、全部ロストロポーヴィチで埋めてもいいくらい。年代が新しくなるにつれて円熟味が増し、スケールの大きな風格と余裕が感じられるようになります。それぞれに雰囲気が異った名演揃いです。
カラヤンとの共演盤は大迫力編。耽美派カラヤンは、自分が 100パーセントコントロールできない巨匠ソリストと組んだとき、普段のスタイルをかなぐり捨てて、闘志むき出しで立ち向かっていく傾向があります。リヒテルと共演したチャイコフスキーの「ピアノ協奏曲」でもそうでしたが、このドヴォコンでもガンガン攻めまくり。
もし最初の1枚にロストロポーヴィチをお求めの方には、ジュリーニ盤か小澤盤をお薦めしますが、このまるで戦国武将の一騎打ちにも似た豪快な興奮は、一度は体験しておきたい、聴いておきたい一撃必聴の爆演盤です。
ドヴォルザーク・ハイドン:チェロ協奏曲ピエール・フルニエ(チェロ) ジョージ・セル 指揮(1) ルドルフ・バウムガルトナー 指揮(2) 1. ドヴォルザーク:チェロ協奏曲 ロ短調 作品104 1962年 ステレオ録音 Deutsche Grammophon |
ロストロ&カラヤン盤に熱狂したあとは、ノーブルな音色が美しいピエール・フルニエの登場。セル指揮ベルリン・フィルの、特に木管の響きが素晴らしく、オケと独奏チェロが一体となって、ドヴォルザークにしてはちょっと優美すぎるくらい綺麗なノスタルジーを醸し出しています。
カップリングのハイドンが、何の取り柄もない凡演に終わっているのが残念ですが、ドヴォルザークだけでも買って損のない名盤。
先に書いたように、チェロ独奏の協奏曲はピアノやヴァイオリンに比べて数がグッと少ないし、ドヴォルザークのチェロコンは大人気曲なので、チェリストなら誰もがレパートリーに加えています。情念のチェリスト、カトリーヌ・デュ・プレ(EMI)、都会的センスで明朗スマートなヨー・ヨー・マ(Sony)など、ドヴォルザークのチェロ協奏曲は名盤揃い。
さて、最後の1枚はどれにしよう……
ドヴォルザーク:チェロ協奏曲ヤーノシュ・シュタルケル(チェロ) 1. ドヴォルザーク:チェロ協奏曲 ロ短調 作品104 1962-1964年 ステレオ録音 Mercury |
ヤーノシュ・シュタルケルは1924年ブダペスト生まれ。ハンガリー時代はブダペスト歌劇場管弦楽団の首席チェリストを務め、1948年にアメリカに移ってダラス交響楽団、メトロポリタン歌劇場管弦楽団を経て、シカゴ交響楽団の首席チェリストに就任。
シュタルケルが最も油の乗りきった時期の録音で、音色、技巧ともに完全完璧。ドラティ指揮ロンドン交響楽団のダイナミックなサウンドも、マーキュリーが絶対の自信を誇っていた LlVING PRESENCE録音(天井吊りの3本マイクから音をひろい、イコライザー等は一切使用せずに直接35ミリのマグネティック・フィルムに収録)で臨場感たっぷりに再現。演奏を聴くと同時にオーディオも楽しめる優秀録音盤。
ステレオ初期の、オーディオ職人による手作りサウンドはやはり素晴らしいですね!