バレエ音楽「火の鳥」
ストラヴィンスキーの出世作で、民族主義的バレエ3部作の最初の作品。
ロシア・バレエ団主宰のディアギレフに依頼され、当時のロシア人に親しまれていた伝説を基に、振付師のフォーキンと共同で台本を執筆。1909年冬から翌10年春にかけて作曲された一幕二場のバレエ音楽。
ディアギレフは、最初はリャードフに作曲を依頼していたが、進捗が芳しくなく、リムスキー=コルサコフの娘の結婚祝いで披露された「花火」(1908年)を聴いて、R=コルサコフの弟子ストラヴィンスキーを発見。
無名の新進作曲家に白羽の矢をたてる。
「期限の決まった注文だったので、うまくいくか心配でした。しかし、当代のビッグネームと共にこの重要な仕事に参加できたことは、たいへん嬉しいことでした」(ストラヴィンスキー)
初演:1910年6月23日 パリのオペラ座にて
ピエルネの指揮、フォーキンの振付、舞台装置はゴロウィン
パリでの初演は輝かしい成功をおさめ、ストラヴィンスキーの名前は一躍世界中に知られることになった。
楽器編成:ピッコロ2、フルート2、オーボエ3、イングリッシュ・ホルン、クラリネット3、バス・クラリネット、ファゴット3、コントラファゴット、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、チューバ、シンバル、大太鼓、タムタム、ティンパニ、トライアングル、木琴、ハープ3、ベル、チェレスタ、ピアノ、弦5部
楽曲構成:
イントロダクション
大太鼓の静かなトレモロとともに、弱音器をつけた低域弦楽器による緩やかな旋律。グロテスクな雰囲気が醸し出される。
半音階の鈍いモティーフがトロンボーンで繰り返され、ファゴットやホルンがリズムを形成。管楽器のリズム盛り上がったあとでフルートが夜の雰囲気を不気味に奏で、劇的予感を孕みながら、「火の鳥」の幕が開く。
第一場
カスチェイの魔法にかかった庭
打楽器とチェロのピチカートが夜の序奏を中断。
ホルンによる妖しい旋律が始まり、チェレスタが煌めく。
舞台中央には、黄金の果実を実らせた木が樹立している。
火の鳥の出現、追ってイワン王子の登場
多彩な楽器によって奏でられる細切れのモティーフ。火の鳥が出現。
ホルンが奏でるロシア民謡風の旋律は、イワン王子のモティーフ。
神秘的なハープのグリッサンドが、飛び回る火の鳥を描写。
やがて火の鳥は黄金の実のなる木にたわむれる。
火の鳥の踊り
木管による火の鳥の主題。
王子に追われているため、切迫した表情で演奏される。
王子に捕らわれた火の鳥
弦と木管がぎこちなく、交互に演奏する火の鳥の主題。
火の鳥の嘆願
捕まった火の鳥は、1枚の羽根と引き換えに逃がしてくれと王子に懇願する。静かで優美な、3部形式のバレエ音楽。
第1部は、オーボエとヴィオラによるアダージョ。
第2部は、フルートが東洋風のメロディ奏でるアグレット。
第3部は、王子が火の鳥を逃がしてやる場面で、イワン王子のモティーフが、柔らかく演奏される。
魔法をかけられた13人の王女たち
さざなみのような細かいリズムがきざまれ、ヴァイオリンが哀感のある序奏をはじめる。クラリネットによって奏でられる王女たちの第1主題。続く女王の第2主題は、ハープによって装飾される。
典雅なカデンツァ。
黄金の果実にたわむれる王女たち
黄金の果実でキャッチボールして戯れる王女たち。
ヴァイオリンが奏でる、軽快なスケルツォ風の舞曲。
イワン王子が不意に現れる
先の舞曲が唐突に中断し、王子と王女の主題の断片が変奏される。
王女たちのロンド(ホロヴォード)
ロマンティックな旋律の王女たちの踊り。
副題のホロヴォードは、ロシアの古い民族舞踊スタイルのひとつ。
夜明け
鋭いトランペットが夜明けを告げる。
王女たちを救い出すと約束をした王子の決意が、執拗に繰り返される王子のモティーフによって表現される。
王子はカスチェイの城門に侵入
王女たちとの約束を果たすため、王子は魔王カスチェイの城に侵入する。3本のフルートによる激しいグリッサンド。
怪物(門番)の登場、捕らえられる王子
魔王カスチェイの家来ども登場。
ハープ、チェレスタ、打楽器のざわめき、ピッコロとフルートが奏でる不気味なメロディ。
不死の魔王カスチェイの登場
低音域の弦と管が、地底の奥からうなり声を響かせる。
ティンパニ強打によって登場する、醜怪な魔術師カスチェイ。
王子とカスチェイの問答
捕らえられたイワン王子は、カスチェイの訊問をうける。
木管による王子のモティーフが、カスチェイと怪物どもの強音によって何度もうち消される。
王女たちのとりなし
カスチェイに哀願する王女たちのヴァイオリン・ソロ。
カスチェイは聞き入れることなく、王子に石の魔法をかけるが、火の鳥からもらった羽根の効果で魔法は効かない。
王子は、火の鳥に救いをもとめる。
火の鳥の出現
火の鳥の主題とともに、火の鳥がやってくる。
火の鳥に魅せられた怪物どもの踊り
火の鳥の魔法により、踊りはじめる手下の怪物たち。
魔王カスチェイの凶悪な踊り
打楽器の強打とシンコペーションで狂奔する魔王の踊り。
金管楽器の咆吼が、バレエのクライマックスを盛り上げる。
子守歌
地獄の饗宴が終結し、魔王カスチェイと手下の怪物どもは、火の鳥が歌う子守歌に誘われて眠ってしまう。
ハープと弱音器付きのヴィオラによる夢幻の伴奏。柔らかな音色のファゴット・ソロ。
ロシア民謡に基づく単調な主題に、ストラヴィンスキーは師匠譲りの巧みなオーケストレーションを施し、不気味で強烈な迫力の前曲とは対照的な静けさを演出。
カスチェイの覚醒
コントラファゴットとファゴットがフォルテシモで咆吼。ティンパニの怒号。地響きのように湧き起こるトゥッティの高鳴り。
カスチェイの死と深い闇
覚醒した不死の魔王。追いつめられた王子は、カスチェイの生命維持を担っていたタマゴを発見し、これを破壊。
カスチェイは死に、手下の怪物どもも消滅してしまう。
大太鼓、タムタムなどの打楽器群、管楽器群、低域弦楽器群が入り乱れ、破壊的なリズムでパニック状況の緊迫感を表現。シンバルの強打によって生命のタマゴが割られ、舞台は深い闇に包まれる。
ティンパニのトレモロが静かに響くなか、ヴィオラとヴァイオリンが冷たいメロディを奏でる。
第二場
カスチェイの城と魔法の消滅
石にされていた騎士たちの復活、そして大団円
前の場面から続いていたティンパニのトレモロに、平和の訪れを告げるホルンのメロディが現れる。これはヴァイオリンによって清らかに繰り返され、フルートに移されたのち、全合奏で力強く歌われる。
ティンパニが強打され、王子と王女の結婚の音楽。魔法で石にされていた騎士たちが復活し、13人の王女たちにかかっていた魔法も消える。
金管楽器が主題をコラール風に繰り返し歌い、壮大な物語を華麗に盛り上げて、幕を閉じる。
演奏時間:約42分
組曲版:1911年版と、2管編成の1912年版、それをさらに改訂した1945年改訂版の、3種類の演奏会用組曲がある。
ストラヴィンスキー:バレエ「火の鳥」/スクリャービン:交響曲第5番「プロメテウス」
ワレリー・ゲルギエフ指揮
1. ストラヴィンスキー:バレエ音楽「火の鳥」(全曲) 1995年4月 デジタル録音 Philips Classics |
強烈な色彩感と凶暴なほど力強い土俗性に圧倒される、ゲルギエフ&マリインスキー劇場管弦楽団によるカラフル爆演盤。
個人的に超オススメ!
ストラヴィンスキー:火の鳥/バルトーク:中国の不思議な役人
ピエール・ブーレーズ指揮
1. ストラヴィンスキー:バレエ音楽「火の鳥」(全曲) 1975年(1) 1973年(2)ステレオ録音 |
「火の鳥」(原典版)の決定盤として一世を風靡した、ブーレーズの定番名盤。精妙で緻密、冷静沈着なブーレーズには珍しく、絢爛豪華、情熱的で巨大なスケール感がたっぷり味わえる名演。
ストラヴィンスキー:バレエ音楽「火の鳥」(1910年版)
エルネスト・アンセルメ指揮 1. ストラヴィンスキー:バレエ音楽「火の鳥」(全曲) 1968年11月 ステレオ録音 Decca |
ストラヴィンスキー作品を多く初演してきたアンセルメが、没する3ヶ月前に録音したラスト・レコーディングであり、彼の音楽人生の集大成ともいえる記念碑的レコード。
作曲者と同じ時代を生きた巨匠ならではの貴重な証言であり、21世紀の今だからこそ、不滅の価値を持つ。強い自信と生命感に満ちた名演。