soe006 日本全国チョコまつり!

この日記のようなものは、すべてフィクションです。
登場する人物、団体、裏の組織等はすべて架空のものです。ご了承ください。

日本全国チョコまつり!

January 26, 2004

正月明けにクリスマス・ソングのコンテンツをアップするという、
このサイト以外では絶対に有り得ないドジを踏んだので、
次はぜ〜ったい遅れまいぞと肝に銘じて……
「My Funny Valentine」 本日アップしました。

さて、ヴァレンタインですが、
……この人、実在してました。

時代は3世紀の半ば。
たぶん、『グラディエーター』のホアキン・フェニックスのような奴だったに違いないローマ皇帝クラウディウスは、
「家庭なんか持っちゃったら、男はひねもす奥さんや愛娘のことばかり考えるようになって戦争に行きたがらなくなるだろ? だから結婚は禁止な!」って、理解に苦しむ法律を作っちゃいました。

ローマの宮廷人は、葡萄酒を飲むとき鉛製のカップを使っていたので、鉛の毒素が脳味噌に染み込んじゃってたんでしょうね。
映画なんか観てても、ローマ皇帝って、どいつもこいつも頭のおかしな奴ばかりです。

決まりがあれば、物語には当然、それを破る不届き千万な奴が出てくるわけで……

第1のヴァレンタイン(ウァレンティノス)の物語。
この人は普通の一般人だったらしいけど、たぶん『ブレイブハート』のメル・ギブソンみたいな男だったんじゃないかと、俺は想像してます。
え〜、この人は単純に、法律を無視して結婚しちゃった人ですね。
で、それが発覚して、270年2月14日に処刑されました。
国の掟を破ってまで一途な愛に燃える男。メル・ギブソンにピッタリの役ですね。

第2のヴァレンタイン(ウァレンティノス)の物語。
この人は教会に仕える僧正(ビショップ)で、その慈愛に満ちた眼差しは、たぶん『シンドラーのリスト』のリーアム・ニーソンのようであったと、俺は憶測します。
この人は、禁止されているにも拘わらず、したくて、したくて、したくて堪らない若いカップルを、お上に見つからないようこっそりと結婚させていた生殖者聖職者でした。数多くの夫婦に祝福を与えていたので沢山の人々から感謝されていましたが、悪事は必ず露呈するもの、270年2月14日に処刑されちゃいました。
おのれの身の危険も省みず、若い男女に祝福を授ける男。その献身的な役柄はリーアム・ニーソンのために誂えたようなもの。アカデミー主演男優賞も狙えそうです。

第3のヴァレンタイン(ウァレンティノス)の物語。
この人のお話はちょっと不思議です。
第1のヴァレンタインさんと同じく、元来は一般の人だったのですが、乱暴されていたキリスト教信者を助けてあげたのを契機に、彼もキリスト教に改宗。その後、盲目だった牢役人の娘の目を見えるようにしてあげたりとか、超能力を発揮しつつ布教活動を続けていましたが、270年2月14日、棒叩きの刑(杖刑)で処刑されています。
演じるのは、超能力関連のヨタ話だったらこの人以外には考えられないブルース・ウィリス。監督はもちろんM・ナイト・シャマラン
ラストはトンデモナイ展開になるので、最後の10分になったら、途中で映画館から出ましょう。

興味深いのは、第1〜3のヴァレンタインさんが、すべて同じ命日なんですね。
実は、この3人以外にもヴァレンタインさんは大勢いらっしゃって、その全員が……そうです、全員同じ、270年2月14日に処刑されているんです!
ホントにナイト・シャマランが作りそうなお話だなぁ ^_^;

これは、クリスマスのときも書いたけど(2003年12月29日付「そえたいそえりろん/アフター・ザ・クリスマス」)……当時キリスト教は、地方に存在していた土俗信仰などを貧欲に取り込んで、自分たちの教義の一部と同化させつつ、布教に利用していたわけです。
クリスマスは冬至だったけど、ヴァレンタインは啓蟄(けいちつ=冬眠していた虫たちが春の暖かさを感じて地表に出てくる)なのかな?
立春でもいいけど、そのような地域にあった春の訪れを祝う祭日に、上記うちの誰だかハッキリしないけど、殉職したヴァレンタインさんのエピソードを融合させてでっち上げたものが、聖ヴァレンタインズ・デイなのであります。

親子や夫婦の間で愛の教訓や感謝の言葉を綴ったカードを交換するのが一般的な風習でしたが、20世紀になって英国と米国では、愛する者同士(特に女性)がプレゼント交換するような、商業的付加価値のある習慣へと変化してゆきました。
たぶん産業革命で、王族でも貴族でもない一般人のなかに裕福な人種が誕生し、消費型の経済を始めたからでしょう。

この習慣を日本にも導入しようと、最初に試みたのが神戸の「モロゾフ」。
1936年(昭和11年)に、「ヴァレンタイン・デイにはチョコレートを贈ろうキャンペーン」を実施したのですが、なにしろ太平洋戦争直前の時代です。翌週、2月26日には皇道派の青年将校が、1400名の部隊を率いて総理大臣官邸ほかを襲撃、東京市は戒厳令が敷かれちゃったりしている(2.26事件)。
ヴァレンタインとか口にしようものなら、「天誅!」と一喝され、即刻撃ち殺されてもおかしくない、殺伐とした時代でした。

余談ですが、翌3月6日にはチャールズ・チャップリンが『モダン・タイムス』で共演した新妻のポーレット・ゴダードと新婚旅行で来日。東京と神戸を遊覧。淀川長治さんはこのときチャップリンと会見し、その思い出話を死ぬまで語って商売にしてました。

1952年(昭和27年)、菓子商人「モロゾフ」は再びキャンペーンを展開。しかし、戦後6年を経ても、まだ時期尚早。
1月30日には太平洋戦争の激戦地・硫黄島で、戦没者の遺骨調査が始まったばかり。戦争の暗い影はまだ尾を引いていて、チョコレートで愛の告白なんてやってる娘は不良の烙印を押されたに違いありません。(これは戦後生まれの憶測ね)

余談ですが、文部省は昭和22年6月に純潔教育委員会を設立し、昭和24年1月に「純潔教育基本要項」を作成。「男女間の道徳の低下により、青少年の不良化、性病の蔓延は今や重大な社会問題となり、更に我々日本人全体の民族的問題となりつつある」と問題提起しました。
昭和25年11月には中高生を対象とした小冊子「男女の交際と礼儀」を発行。これには、人格を尊重すること、友情と愛情を混同しないことなど、正しい男女交際の在り方が記されていました。

ここで我々が認識しておかなきゃいけないのは……
「男女7歳にして席を同ぜず」なんて戦前の教育を受けて大人になった教師が、戦後の「男女共学・男女平等」にまだ馴染めないでオロオロしていることと……戦争で多くの男性が死んでしまい、日本国には若い女性がわんさか溢れていたという事実であります。

そう、「モロゾフ」は少しだけ先走りしていたけれど、狙いは悪くなかったのであります。
なにしろ堅苦しい道徳感や教育から解放された、自由を謳歌する女性だらけの日本であります。結婚しようにも、相手の男の数が絶望的に足りない!
自分から声を掛けたりするのは慎みに欠け下品なことだ、でも、黙って待ってるだけじゃ一生結婚できない。この二律背反のジレンマに悩む女性にとって、ヴァレンタイン・デイこそは救いの神だったのであります。1度火がついたら、爆発ヒットすること間違いなしの好企画だったのであります。

1958年(昭和33年)、東京の洋菓子商人「メリーチョコレートカムパニー」が、「女性から男性へ、チョコレート贈与で愛の告白」をテーマに、日本独自のストーリーを作成。
これが大成功を収め、今日のヴァレンタイン・デイへと脈々と受け継がれることとなります。
従いまして、我が国のヴァレンタインは日本で生まれ育った極めて日本的な風習でございまして、キリスト教はもちろんのこと、他の如何なる宗教とも一切関係ありません。

どちらかと言えば、2月6日は「風呂の日」とか、毎月29日は「お肉の特売日」とかに近い風俗習慣でしょう。

そえたいそえりろん流 歳時記
消えるメリークリスマスの謎:国際陰謀編(2006年08月08日)
先人の好奇心と勇気に涙する(2005年02月25日)
雨水(2005年02月24日)
直撃! 台風18号(2004年09月09日)
ヴァレンタインズ・デイ特集 第2弾!(2004年02月02日)
日本全国チョコまつり!(2004年01月26日)
アフター・ザ・クリスマス(2003年12月29日)
送り梅雨(2003年07月17日)
梅雨の稲妻(2003年07月04日)

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