soe006 ヴァレンタインズ・デイ特集 第2弾!

この日記のようなものは、すべてフィクションです。
登場する人物、団体、裏の組織等はすべて架空のものです。ご了承ください。

ヴァレンタインズ・デイ特集 第2弾!

February 2, 2004

1929年2月14日(木曜日)、シカゴ。
気温、氷点下15度。街に未曾有の寒波が到来していた。
人々はみな、立てたコートの襟に顔を埋め、粉雪が横殴りに吹きつける舗道を足早に歩いてゆく。
街を支配し、市民を震えさせていたのは寒波ばかりではなかった。
密造酒の売買で勢力を拡大してきたマフィア同士の抗争が次第にエスカレートし、巻き添えを恐れた善良なシカゴ市民は、暗い不安に身を震わせる日々をおくっていたのである。

「もしもーし。そちらはオバニオン・ファミリーのバグズ・モーランさんでっか? へい、わちきは謎の男でやんす。単刀直入に用件云わせてもらいまっけどな、わてとこの倉庫にお酒がぎょうさん有りまんのや。それで、あんさんのルートで捌いて貰えまへんやろか思いましてなあ。へえ、ブツは上物でごわす。混ぜもんなんぞ1滴も入ってませんですばい。でね、ノースクラーク通りに倉庫がござりましょう? あそこの地下駐車場にブツ運びますよってに、明日、取引に応じて貰えんやろうか思いまして。銭の交渉はそんときでええですさかい……そうでっか、じゃぁ明日、待ってますよってに。あんじょう頼んますばい……(ガチャン!)」

禁酒法 Prohibition Law
1919年1月に成立した合衆国憲法修正第18条およびその細則。
通称ポルステッド法。
アメリカにおける禁酒運動は、20世紀に入ると急速に高まり、1917年初頭には26の州で禁酒が条例化されていた。
表向きはプロテスタント一派による福音主義に依拠する宗教的教化運動だったが、政治・経済の方面においては、工場労働者の規律を正し生産能率向上を計る国策の一環として立法化された。
また更に別の方面にとっては、甘い汁をもたらすニュー・ビジネスのチャンスでもあった。

シカゴはイリノイ州ミシガン湖畔にある全米第2位の商工業都市で、20世紀初頭から黒人労働者を大量に流入したため、黒人音楽が発展し、ニューヨークと並ぶ歓楽街へと急成長していた。
無法者にとっては銭が唸っている最も魅力ある街であり、禁酒法施行以降、縄張りを巡って抗争事件が頻発する最も危険な街でもあった。
1925年ごろから、政治家や警察さえも銭で動かすイタリア系のアル・カポーニ・ファミリーが街を支配していたが、無法者にとって、裏切り、抜け駆け、闇討ちは日常茶飯事。急速に台頭してきたフランス系のモーラン・ファミリーが虎視眈々とカポーニの縄張りを狙っており、シカゴは一触即発の戦国時代へと突入していたのである。

悪天候もなんのその、聖ヴァレンタインズ・デイのこの日も、銭儲けに目が眩んだ命知らずのゴロツキが7人、ノースクラーク通りの地下駐車場に集合いたしました。

「親分、遅いな」
「またいつもの女のとこにシケ込んでるんとちゃうんか?」
「しょーもない親分や。闇酒でしこたま儲けてるからくっついてるけど、こない危ない商売、いつまでもやっとられへんで」
「ほんまや、まとまったもん溜め込んだら、早いとこ足洗った方が身のためや」
「剣呑、剣呑」
「しかし謎の男っちゅうのも、ちょっと遅いんとちゃうんか?」
「ほんまにブツ持ってくんのかいな」
「しっ、あそこに民間人が1人おるやないか。通報されて、エリオット・ネスとかいうオッサンの耳にでも入ったら、ワイら全員、アンタッチャブルやで」
「あほ、オッサンが財務省から特別調査官としてシカゴに派遣されるのは1930年9月15日、まだ1年以上先のことじゃ」
「おい、そこの作業服着た一般民間人、いまの話、ほんまとちゃうで。ワイら全員カタギや」
「警察に通報なんぞしよったら、お前の親兄弟、泣かせることになるでぇ」
「へえ、わたいは生まれつきのツンボですきに、なーんも聞こえてまっしぇん」
「それでええ。長生きするで」
「それにしても、親分も謎の男も遅うおまんにゃぁ」
とか、暗黒街の七人がダベってると……黒塗りの大型車がブイブイ、エンジン吹かせてやってまいりました。
降り立ったのは二人の警察官。

「よーし、キサンたち、そこの壁に手ぇついて並べ!」
「なんや、ワイら全員カタギやで」
「職権乱用とちゃうんかい!」
「しぇからしかぁ! さっさと並ばんかい」
「命令ばシカトしょったら、公務執行妨害でしょっぴくばい!」
「お前の上司は誰や! ウチの親分が署長んとこ出向いて、カクカクシカジカ言うか言い終わらんうちに、制服警官の1人や2人、すぐ馘にできるんやど」
「ウダゴトはよかけん、早う並ばんかい! こん拳銃は脅しやなかっぞ」

で、全員が渋々壁に手をついて後ろ向きに並ぶと……
もう1人の警官が、車の後部座席に隠れていた男からトミー・ガン(トンプソン短機関銃)2挺を受け取って、

ダダダダダダダダダダダダ……

「そこッ! 柱に隠れとる作業服着た一見民間人のごたる男、出てこんかい!」
「へ、へえ……わ、わたいは……」
「なんじゃい!」
「わたいは、生まれつきのメクラですきに、なーんも見てまっしぇん!」
「やかましい、現場関係者は全員始末するのがプロの流儀じゃ!」

ダダダダダダダダダダダダ……

「よし、引き上げじゃ!」
警察官の制服を着た2人の男は、完璧な仕事にチラリと笑みを交わし、素早く車に乗り込むと、颯爽と引き上げてしまいました。
あとに残ったのは、全身穴だらけになった8人のホトケさん。
近所のカフェテリアでノンビリと朝飯を食っていたバグズ・モーランは、このニュースを耳にして、
「こげな殺しができるとは、カポーニに決まッとるばい!」

臆病風に吹かれたモーランは、暗黒街の掟を破って警察に身辺保護を依頼。よって、彼は抗争事件で命を落とすことはなかったけれど、組織からは追放され、やがて病死。
再び親分と呼ばれることはありませんでした。

第一容疑者として名前の挙がったカポーニは、事件当日、マイアミにいて郡法務官が審問中だったという鉄壁のアリバイを準備しておりました。
「ワシはアタマええんぢゃ、ドアホ!」

アル・カポーニ Al Caponr (1899-1947) 日本名:アル・カポネ
ニューヨーク・ブルックリンの貧しいイタリア移民の家庭(稼業は床屋)に生まれ、少年時代から犯罪組織に関係。
21歳のとき、天性の嗅覚が銭のニオイを嗅ぎつけ、シカゴに移転。この年(1920年)、アメリカは禁酒の国となり、密造・密輸の酒類販売で大儲け。潤沢な資金と派手な暴力で商売を拡大。政界と警察を買収し、1927年の年間所得は推定1億数千ドル(財務局勤務エリオット・ネスさんによる試算)。
但し、税金は払っていない。
結局これがアダになって、1931年、脱税容疑で逮捕。罰金5万ドル+訴訟費用3万ドルを国家に横取りされたうえに、懲役11年の実刑判決を受け、サンフランシスコ湾に浮かぶアルトカラス刑務所に島流し。
1939年に釈放されたものの、すでに禁酒法の時代は終焉しており、梅毒も悪化して暗黒街復帰の夢は果たせず。
8年後、48歳の若さでこの世を去ってしまいました。

教訓:税金は正しく納めましょう。

聖ヴァレンタインズ・デイの心温まるお話を書こうと思っていたのに、
いつの間にか人殺しと税金の話になってしまった!

2月は確定申告もありますしね。 国税庁ホームページ

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