ヴァイオリン・ソナタ第9番 イ長調 「クロイツェル」 作品47
ベートーヴェンが作曲した10曲のヴァイオリン・ソナタのなかで、もっとも優れた作品として評価されているソナタで、フランク、ブラームスと並ぶ、VNソナタの最高傑作。
モーツァルトやハイドンに強い影響を受けていたベートーヴェンが、古い様式から解放され、独自のスタイルを確立した「交響曲第3番 英雄」と同じ1803年に書かれており、楽譜出版の際に、「ほとんど協奏曲のように、きわめて協奏的スタイルで書かれた、ヴァイオリン助奏を持つピアノのためのソナタ」という添え書きが付けてられています。
この言葉のとおり、このソナタは「ヴァイオリン・ソナタ」と分類されていますが、実際にはヴァイオリンとピアノは同等、もしくはピアノがオーケストラの役割を持つ協奏曲的なソナタであり、ベートーヴェンの雄弁な作曲技術が前面に展開された、巨大なスケールの作品であります。
初演:
1813年5月24日 ウィーンのアウガルテンにて
ベートーヴェンのピアノ、ブリッジタワーのヴァイオリン
ヴァイオリニストのジョージ・ブリッジタワーは、黒人を父親に、ポーランド人を母親に持つ混血のイギリス人で、9歳でパリのコンセール・スピリチュエルで演奏した神童。楽旅でウィーンを訪れたブリッジタワーと会ったベートーヴェンは、彼との共演を前提にこのソナタを作曲することにした。
初演はおおむね好評だったものの、一部にはブリッジタワーの気どった演奏を嫌う人たちもいた。共演者のベートーヴェンもその一人で(噂としては、ある少女をめぐっての諍いが原因だったらしいけど)、血気盛んな32歳だったベートーヴェンは、当初予定していたブリッジタワーへの献呈を覆し、ヴェルサイユ出身のヴァイオリニスト、ロドルフ・クロイツェルに献呈。
クロイツェルは、ヴァイオリンを勉強している人にはお馴染みの教則本「42の練習曲またはカプリース」の作者でもあります。
ロシアの文豪トルストイは、このソナタに影響され、中編小説「クロイツェル・ソナタ」を執筆。その内容は……ある貴族の家庭。屋敷に出入りするヴァイオリニストと妻が合奏するベートーヴェンの「クロイツェル・ソナタ」を耳にするうち、主人公の夫は理性を狂わされ、嫉妬心から妻を刺殺するというストーリー。音楽の持つ怖ろしい作用、心理効果について言及したもの。
「クロイツェル・ソナタ」には、嫉妬心を掻き立てる特別なものがあるのでしょうか?
不朽の名作ではありますが、取扱にはくれぐれもご注意ください。
楽曲構成:
第1楽章 アダージョ・ソステヌート−プレスト イ長調 4分の3拍子 序奏の付いたソナタ形式
第2楽章 アンダンテ・コン・ヴァリアツィーオニ 4分の2拍子 ヘ長調の安らかな主題と、その4つの変奏曲
第3楽章 フィナーレ プレスト イ長調 8分の6拍子 ソナタ形式
演奏時間:約30分
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ
ヘンリク・シェリング(ヴァイオリン)
1. 第5番ヘ長調Op.24「スプリング」 1958年12月(1,3)、1961年1月(2) ステレオ録音 |
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲&ソナタ第9番ヤッシャ・ハイフェッツ(ヴァイオリン)
シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団 (1)
1. ヴァイオリン協奏曲ニ長調Op.61 1955年11月(1)、1960年9月(2) ステレオ録音 |
ベートーヴェン:ヴァイオリンソナタ第5番&第9番
イツァーク・パールマン(ヴァイオリン)
1. VNソナタ第9番 イ長調op.47「クロイツェル」 1973年10月(1)、1974年6月(2) ステレオ録音 Decca |
美音のシェリング&貫禄のルービンシュタイン。曲が曲だけに、大物同士ががっぷりぶつかった演奏は聴き応えがあります。ややピアノ優位の演奏。
逆にハイフェッツ盤はヴァイオリン優勢。まるで喧嘩売ってるみたいに攻撃的な演奏。
いつも冷静でクールなパールマンも「クロイツェル」の魔力に心みだされたのか、やけに暴走気味。しかしこの曲はこのくらい白熱しているほうが、それらしく聞こえますね。